DJカートン.mmix

他人に完璧を要求するのは質の悪い潔癖症のようなものだ。

2017年最初のイベント

2015年12月以来、1年1か月ぶりの森下九段のイベントである。…冷静に(?)判断すると例年と比べて1ヶ月長くなっただけなのだが、「2016年は森下九段に会う機会が全くなかった」という事実は自分の中では想像以上に重い。1年を振り返って(個人的に)2016年はここ数年では一番『ろくでもない』年だったなぁ」と思ったのも案外これが理由なのかもしれない(笑)。将棋連盟HPのコラムで「森下九段の指導対局は『カウンセリング』」と言うファンがいる、という話があったが、自分もこれに近いものがあるのかも知れない…

前日は1時くらいまで「最後の追い込み」、ホテル備え付けの目覚まし時計を7時にセットして就寝。…7時半ころに(二度寝防止のための)携帯電話のほうのアラームで目が覚める。
「…何故目覚ましが鳴らなかったのか?」
よく見たら目覚まし時計のアラームの時間が『午後7:00』になっていた。…どういう嫌がらせやねん(笑)。…自分の指導対局は後半(前半が9:40開始、後半が10:50開始)だったので大きな影響はなかったけど。
朝食を済ませ荷造りを終えてチェックアウト。そのまま両国に向かう…前に隣の錦糸町(WINS錦糸町)に寄り道して昨年末の馬券(舟券ではない)の払戻を済ませる。浜松には「エクセル(有料席の場外馬券売り場)」しかなく、「払い戻しを受けるだけでも入場料が必要になる」とか馬鹿馬鹿しいので今回のように「払戻期限(レース日から60日)の間に無料で払戻を受けられるタイミング」があったらそちらを使うに限る。
途中総武線で「場所入りする力士」を何人か見かける。そりゃあ両国だから当然…と言いたいが、振り返ると「東京場所開催中(1月、5月、9月)」に両国のイベントに参加するのは今回が初めてなので今まで見なかったのは決して偶然ではない。通になると「その出で立ちを見ればその力士の番付が分かる(番付によって身に着けられるものに制限がある)」らしいが、自分はそんなに相撲通ではない(笑)。

会場(センター向かいの第二酵素ビル。今回は指導対局もこちらで実施)には10時20分頃に到着。
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案内看板が外に出ていた。雨や強風だったらどうなっていただろう…

「指定(待ち合わせ)時間の何分前にその場所に着くかでその人にとってのその行事の重要度が分かる」

…これを読んでいる皆さんの周りにも一人は「何をやるにしてもいつも時間ギリギリに来る人」がいるのではないかと思う。複数の用事に追われて最速で移動してもギリギリ、という場合もあるが、いつも時間ギリギリで来る(酷い場合になると「いつも必ず遅れて来る」)というのは行事及び相手に対する礼を欠いているとしか言いようがない(※1)。ちなみに前日の「OFF会」は交通機関が遅れる可能性(都内は雪の予報だった)を想定して見込みの到着予定時刻に15分ほど上乗せ(?)した時間で待ち合わせをしていた。案の定(?)バスが遅れて結果として「言った時間ジャスト」の到着になってしまったが。

それはさておき、自分は30分前に到着。会場では前半の部の指導対局の最中。…さすがに早過ぎたか?(笑) …外にいても寒いので開始まで会場の隅で待機。
前半の指導対局が終わって後半の指導対局の案内が始まる。自分は運のいい事に第1希望の森下九段に当たっていた。…抽選は厳正に行われているはずです(笑)。
席は事前に決まっていて既に駒も並んでいたのだが、

「…うわっ、盛り上げ駒じゃん!」

森下九段の指導対局は駒までVIP扱い?(他の対局者の駒はよく見ていない、というか見る余裕がなかった。写真は控えました)
自分の前に並んでいたのは「香月彫」(※2)の菱湖書。やや小振り、薄手で使い込まれていていい感じの飴色になっていた。
駒の感触を確かめている(?)と森下九段が登場。まずは起立して挨拶。

「手合いは何でも構いません。平手でも結構です」

…プロを目指すとか言うのならともかく、トップ棋士相手に平手で、なんて恐れ多いですから(笑)。手合いを確認する時に森下九段に「ご持参の駒ですか?」と聞かれたがトンデモナイ(笑)。そもそも自分は彫埋駒でさえ使った事がないというのに…

プロ棋士指導対局の「方針」というのは人それぞれ、というのは以前にも書いた。森下九段の師匠である花村元司九段は「駒落ち名人」「下手殺し」などの異名を誇ったが(現在その異名がピッタリなのは神吉宏充七段かも知れない)、森下九段は

『下手にいい手がある(けど見つけられますか?)という局面に持っていく」

というのが方針のようである(後のイベント内でそういう話をされていた)。…さて、自分は「いい手」を指せただろうか? 自分が指している姿がセンターのHPに掲載されている(※3)が、あの局面は(その前も後も)「いい手」がわからず謎の言語で唸っていた記憶がある(笑)。そのせいで(?)当初の対局予定時間を大きく上回ってしまい深いところまで感想戦ができなかったのは少し残念ではある。

13時よりイベント開始。最初は佐久間席主と今年のイベントコーディネイターを務める内田晶観戦記者(ここでは以下「内田記者」と表記します)と室谷由紀女流二段の挨拶。3月11日に予定している山崎隆之八段、糸谷哲郎八段の森信雄一門を招いてのイベントの案内もされた(この回のコーディネイトを務める室谷由紀女流二段も森門下)。青春18きっぷの利用期間の開催だが悲しい事にその日は仕事だ…
また4月22日に加藤一二三九段を招いてのイベントも開催されることが(31日のHP更新で)発表されている。「両国イベントで加藤一二三九段を呼ぶ計画」というのは前々からあった、という話は佐久間席主から聞いていたがこれがこの度実現される。
…こちらも当日は仕事だ…

イベントは2部制で第1部は「お互いの名局」、つまり「森下九段が選んだ増田四段の名局」「増田四段が選んだ森下九段の名局」を選者が解説、内田記者が聞き手となって大盤解説を行った。師匠が弟子の将棋を解説する事はよくあるが、「弟子が師匠の将棋を、しかも『本人の目の前で』解説する」というのは非常に珍しいと思う。
前者はまだ増田四段の生涯対局数が少ないが、そんな中選ばれたのは昨年10月の「第47期新人王戦決勝三番勝負第2局(2016年10月11日、将棋会館。昨年末にも「将棋フォーカス」で取り扱われ、その時も森下九段(と中村太地六段)が(最終盤を)解説をしたが、今回は初手から、しかも「両国将棋学術会員イベントらしい」途中脱線ありの解説(笑)。例えば「森下九段が(当時小学4年の)増田康宏少年を弟子に取った経緯」。八王子の将棋センター(羽生善治少年が腕を磨いた道場としてあまりに有名)の席主との縁で、というのはいろいろな所で語られているが、これとは「別の理由」もあった、というのは多分初耳(他でその話を聞いた事は少なくとも自分はない)。
他にもこの将棋の序盤で後手(石田四段)が「▲6六角がいるにもかかわらず」銀冠を目指す△8四歩(ただで取られる)を突いた局面について、「米長先生米長邦雄永世棋聖だったら『意地でも取る』(本譜では取っていない)」という話から何故か囲碁の話になったり。…そう言えばこの日の指導対局でも似たような事があった(自分もその歩は取らなかった)なぁ、とか思った。

解説が入れ替わって森下九段の将棋。増田四段が選んだのは「第28回JT将棋日本シリーズ決勝(2007年11月18日、東京ビックサイト)。この将棋は「森下卓の矢倉をマスター」の中に自戦記があるが、当然ながらそれとは違う目線での解説。
増田四段はこの対局の少し前に森下九段に弟子入りしたそうだが(奨励会受験はこの翌年)、何とこの対局と同日に開催された(※4)「東京こども大会」の高学年の部で優勝している。つまりこの対局で森下九段が勝つと「師弟同日優勝」となる、そしてそれが実現してしまうのだから間近で観戦していた増田少年へのインパクトは計り知れない。
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…2008年のJT将棋日本シリーズのパンフレットより。お二人の名前が見える。ちなみに9月2日北陸・信越大会は郷田王将が日本シリーズ「一回目の」二歩を打ってしまった対局。

休憩をはさんで第2部、室谷由紀女流二段も交えてのトークショー「麗しき師弟の信頼関係」。…やはりと言うかブログ(ソーシャルメディア上)では書きにくい(自主規制した方がいいと思われる)内容が多かった。中にはハッキリと「箝口令」が敷かれた内容もあったくらいだから。
…まず初めに、増田四段は「結構ズバッと物を言う」と思った。むろん礼を失しない範囲で。
森下九段は師匠の花村九段からトータルで1,000局は教わった、というのは有名な話だが、増田四段も森下九段とは200局くらいは指したという。それと公式戦で1局(笑)。森下九段はハッキリと「このまま師匠の1-0で終わってほしいです(笑)」。…同感。何度も言うが「師匠(お世話になった人)に公式戦で勝つ事が恩返し」ではないから。
森下九段が増田四段に課した「棋譜並べ」の話。「島研ノート」にも書かれているが、1局の将棋を
・勝った方から見て並べる
・負けた方から見て並べる
・空で(棋譜を見ずに)並べる
・空でその将棋の棋譜を書き出す
の順で行う(3と4は逆だったかも)。その将棋の内容(指し手の意味とか)を把握するのに非常に効果があると言うものの、普通の人がやったら3番目で詰まります(笑)。
ここまでしなくとも森下九段は上達の手段として「棋譜を手で書き写す」事を勧めている。その発端は田丸昇九段が「若い頃に天野宗歩棋譜を手で書き写した」という話だそうである。人によっては「それって効果があるの?」と思うかも知れない。何より増田四段がそう疑問を抱いている(笑)。
…森下九段は「(地力が伸びる)25歳まではアナログな勉強をし、25歳以降はデジタルな勉強法も取り入れろ」と言う。つまり若いうちはアナログな勉強方法(棋譜並べとか書き写しとか)で「脳を活性化」しろ、という事だと思う。俗に言う「羽生世代」が長期政権(?)を築いているのは時代の流れが「森下理論」と合致している、つまり連盟のデータベースといった「デジタル」が整備された時期(確か90年代)とデジタルを取り入れるべき時期が合っていたから、という事も(いろいろな所で)話している。ただ、今の将棋は「(特に序盤で)覚えなければならない事」が多いので時間のかかる「写経」は(地力向上には有効でも)効率という面では…とも。テレビショッピングで見かける「身に着けるだけで腹筋が鍛えられる機械」みたいに「身に着けるだけで地頭が鍛えられる機械」なんてのがあればいいのだろうけど…(笑)

イベント終了後サイン会。直筆サインは抽選なし(希望者は全員購入できた)。署名は「九段 森下 卓」と「新人王 増田康宏」。今だけのプレミア色紙…かも?(笑)

おまけ。今回の旅程で利用した高速バスのターミナル「バスタ新宿」。その中に建物の構造上の問題なのか「やたらと天井の低い場所」がある(映っているバスは今回利用したもの)。
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柱の左側、注意を促すためのトラテープが貼ってある。自分の身長から考えて高さは175cmくらい。わざわざここを通る必要はないだろうけど、バスのトランクから荷物を降ろしていたらここを通るより仕方ないのだが、

「…森下九段(公称で177cm)が通ろうとしたら頭ぶつけるんじゃないか?」

…何故森下九段が基準なのかはよく分からないけど(笑)。


※1…しかしプロ棋士でも公私両面で「いつも時間ギリギリ」という人がいるようなので…(苦笑)

※2…「香月(かげつ)」というのは駒師の号であると同時に「香月堂」という(本人が主を務めた)屋号でもあるらしい。つまり「誰が制作に携わったか」によって駒に入れる銘が「香月作」だったり「香月彫」だったりするようである。…詳しい事はよくわかりませんが(笑)。
そう言えばつい先日「水戸黄門」の再放送で一行が天童に行ってそこで「香月屋」という駒問屋に会う、なんて話をやっていたが、以前も書いたように天童の駒作り産業は水戸黄門徳川光圀)が生きた時代より1世紀以上後の話。それ以外にも「ダウト」がたくさんあったのだが割愛(笑)。

※3…写真ではわからないが、膝の上にタオルを置いて(その上に両手を突いて考えて)いる(プロでそういう事をする人はあまり聞かない)。対局中は緊張・対局への集中・その他諸々の理由で「手に汗をかきまくっていた」ので「地味な好手」だったと思う。

※4…それまで「こども大会」は「JTプロ公式戦」と別の日の開催だったが、この年は「まるまる1日将棋を楽しめるイベントの実現」という趣旨の元東北(仙台)・静岡・熊本・北海道(札幌)・東京の5大会で試験的に「同日開催」を実施、翌年(2008年)からは全会場で同日開催となった。