DJカートン.mmix

他人に完璧を要求するのは質の悪い潔癖症のようなものだ。

言ってはいけない

今日は13日の金曜日。今はほとんど「ネタ」扱いになっているが、一部の企業だと(15日が給料日の企業は15日が日曜日だと土曜日をはさんでその2日前の)13日の金曜日が給料日」になるので物理的にハッピーなイベントだったりするかも(浜松にいた時もそうだったので)。

 

最近は政治家以外の「失言」をよく見かけるように思う。「こんな競技(ボクシング)を好きな人がいるんだ」とか「ホームレスの命はどうでもいい」とか。そんな事を言ったら「メンタリストの命はどうでもいい」としか言いようがないのだが【*1】。

 

かの日高晤郎さんは生前「たかが一芸人の言葉にいちいち腹を立てる了見の狭さ(が情けない)という言い方をされていたが、前述の発言者はどちらも「一芸人」というレベルを通り越した強い影響力を持つ人間なので、そういう考え方を持っている事の是非はともかく(ここは日本ですから)、それを軽々に・公の場で言っていいとは限らない。

いや、「ここは日本ですから」絶対に言ってはいけない、とも限らない。ただ、前述のコメント(の発言者)に対して感じたのは

「自分の発言(考え)は絶対に正しい」

という本心(?)が見え隠れしている、という事。…もしかしたら「そういう風に考えられないと生き残れない業界」で生きてきたのかも知れないが、だからと言ってそれをそこかしこにぶちまけてもいいものではあるまい。

自分も彼等に負けず劣らず(?)過激な事を書いたりしているが、あくまで「一個人としての考え」であり、「それが絶対正しい」なんて事は思っていない(もし自分の考えが全部正しいのだったら今頃総理大臣にでも億万長者にでもなっているはず)。言うなれば自分の主張はほとんど戯言レベルである。…が、それでいいと思う(戯言の中に金言が混じっている、なんてことはよくある話だから、このブログもちゃんと読んでいるといい事がある…かも?)。

 

(ああいうところで)ああいう発言ができる人というのは九分九厘「他人の価値観を理解していない」あるいは「自分と違う価値観(の存在)を許容しない」人なんだろうな、と思う。人間というのは功なり名なりを上げるとそうなるものなのか、あるいは「そういう風に考えられないと生き残れない業界」で生きてきたのも知れないが、世にはびこる「いじめ」「差別」などというのは早い話「自分と違う価値観の存在を許容できない」から発生する(なくならない)、そしてそれの規模が極端に大きくなったものが「戦争」とか「虐殺」なのだと思う(異なる価値観を許容できる≒話し合って解決できるのならわざわざ戦争をする意味なんてないでしょう)。自分は一応そのあたり(自分と異なる価値観の許容)を弁えている自負はあるし、一方で異なる価値観の拒絶や自分の価値観の強要といった行為は到底認められない。ちなみにホームレスについては「何とかしろよ」と思う事はあるが、決して「始末しろ」とかいう意味ではなく、使っていない(使われなくなった)建物を仮の住居として開放してやれよ、とかそういう意味で。

…もっとも「いじめ」や「差別」は子供でも存在する事だから、家庭で、あるいは学校で「異なる価値観を認める事」を教育していない事が問題の根幹なのかも。具体的どうすればいいかはわからないが、以前ここで書いた「クラス内で沢山ランキングを作って『クラスの全員がそのどれかで1位になれる』ようにしたらいい」というのも効果がありそうな気がする。…というかもし自分が教師だったら【*2】きっとそうしていると思う。

*1:彼を初めてテレビで見た時に「何となくヤバい奴」という印象を受けたが(この手の「第一感」が働く時はどういうわけかよく当たる。あまり嬉しくないけど…)、まさかここまでだとは思わなかった。

*2:一時期教師になろうと思っていた事はある。どこでどう間違えて今のようになったのかは分からないけど(笑)。