前回の記事の「ジグソーパズル」に収録されている楽曲の中にそんな歌詞がある。
実際世の中には「誰もができる」ように感じる事が何故かできない(苦手)、という事はいくらでも見かける。
自分の場合だとM先生のコメントにあるような「JPに苦情を申し立てる」というような事がその1つに当てはまる。
…この事について書こうとするととても長くなる上に「非常に面倒な事」が起きそうなので【*1】簡単に書くと
自分の脳みそは民主主義的な考え方に適合していない
とでもなるだろうか。…もっとも自分でなくてもそういう人はいるだろうし、そもそもそういう人でないと「一代で大企業を作り上げる」なんて事は絶対できないだろう。
…別に民主制そのものを否定したいわけではなく、むしろ民主制がないとプーチンやクソの穴【*2】のような人間の暴走を止められないように思う。仮に前述のような君主制(便宜上「民主制」の対義語。ぶっちゃけ「独裁政治」と同義)を君主制でもって覆しても九分九厘「地球上(歴史上)にプーチンやクソの穴のような人間が1人増えるだけ」という結果に終わる、という程度の予測は自分でもできる(日本でクーデターが起きて軍事政権が誕生しても同じ事だろう)。ただ自分は「そっち方面では役に立てない」という自覚があるので、
そういう事はそういう事が得意な人に任せるのが一番
だと思っている。ちなみにかの蒋介石は日本軍の侵攻に対し「有力的出力、有銭的出銭(力のある人は力を提供せよ、金のある人は金を提供せよ)」、つまり「国民それぞれの最も得意な分野で抗戦せよ」と鼓舞したと言われる。…同じ中国人でもここまで違うものなのかねぇ。
日本人(民主国家で暮らす人)は「民主主義的な思想」を持ち合わせていないといけない
みたいに考える人を時折見かけるが【*3】、そういう考えは「思想や価値観の強制」「自分と異なる価値観に対する不寛容」であり、差別やハラスメント、ひいては紛争や戦争が起きる要因でしかない、それこそ「(言論や思想を統制している)プーチンやクソの穴なんかとやってる事がほとんど変わらない」と断罪してもいい。昨今問題となっている「スクールカースト」なる代物も現代の教育方針が結果として「人気」というバロメータでしか人間の優劣を評価できない人間を大量生産しているからああいった悍ましいものが生まれるわけだし、その結果俗に「バカッター」などと呼ばれる愚行蛮行を平然と行う輩が世間に蔓延る、という見方は決して間違ったものではあるまい。
…これ以上はやめておこう。引き返せるうちにやめないとどんどん沼にハマりそうだし、そもそも「政治的な話を個人のSNS上でする」ということ自体が何か違うような気がするし。