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それって早い話「金儲けのための忖度」って事では。

不屈の棋士

先日発売された「不屈の棋士という本についての話。
著者が羽生善治名人(インタビュー当時)、渡辺明竜王ほか11人のプロ棋士に昨今のコンピュータ将棋についてのロングインタビューを元に書かれた証言集。話題が話題だけに普段将棋と縁のない人の関心も買ったのか行った先々の書店で「売り切れ」(※1)。発売日(7月19日)を忘れていた自分にも責任はあるのだが…(笑)。仕方ないので(?)amaz●nを利用して購入する事に。

自分はamaz●nが嫌いである。「嫌い」というのは「コンピュータ過剰適応型テクノストレス症候群」の人が理解できるように言った場合、つまり選択肢が「好き」「嫌い」の2つしかない場合の回答である(※2)。もう少し細かく書くとamaz●nに限らず「便利過ぎるものが好きではない(※3)。その理由を簡単に書くと「便利な物に頼ると人間はダメになる」から。「ダメになる」というのは「馬鹿になる」と同義語であり、広くとらえるなら「役に立たなくなる」「存在意義がなくなる」とも同義語である。自分はそんな人間になろう、なりたいなんて露ほども思わない。もっともそんな人間になりたいという人の方が珍しいでしょうけど…
…別に「何があっても物に頼るな」なんて事を言いたいのではない。そんな事を言ったら水道・電気・交通手段…ありとあらゆるものが使えなくなってしまう(今更そんな事を言われても無理だし)。便利な物に頼る癖をつけるな、と言いたいのである。肉が使わないと衰えるのと同様に「脳も使わないと衰える」のである。
最近だと何かあるとすぐにスマホ(の検索機能とか)を取り出す人自ら選んだ道なのか親の教育の賜物(?)なのかはわからないが、そういう人には「まずは自分の頭で考える」というルーティンが存在しない。極論するなら彼らは自ら「馬鹿」「役立たず」になろうとしているのである。ハッキリ言って自分は「そういう人を心の底から軽蔑します」ういう人間を尊敬できるほどキャパシティは広くないので(笑)。

問題が発生したらまずは自分の頭で考える。行動する。それでどうしても埒が開かない時にはじめて物に頼る。
「物に頼るのは最終手段」
と普段から決めておけば少なくとも「烏合の衆以外の何者か」にはなれると思う。…で、そう決めたからには意識的に「便利な・手軽なものとはできるだけ距離を置く」ようにしないと意味がない(近くにあるとつい使ってしまうので)

…何か全然関係ない話になったような気もするが、この本でインタビューを受けた棋士のほぼ全員が
「ソフトに頼り過ぎる事は『自分で考える』能力(つまり読みの力)に悪影響を及ぼす
という事を仰っている。つまり言いたい事(の一部)が共通しているのである。たまたまamaz●nを使った事がこういった話のネタになるとは偶然にしては出来過ぎであると思う(笑)。
…ただ「物心ついた頃から便利な物を持っている(『与えられている』と言うほうが的確か)今の世代の人」「便利な・手軽なものとはできるだけ距離を置く」なんて事ができるのか? と言われるとこれはその人の幼少時の環境や教育に因るところが大きい──ぶっちゃけ言うなら人になってから改善するのは非常に難しい──ように思う

…話を本に戻す。ちょうど絶妙なタイミング(?)でこの本の内容とマッチしていそうな対局があった。8月16日に行われた第42期棋王戦挑戦者決定トーナメントの▲千田翔太五段△豊島将之七段戦(携帯中継あり)。
出だしは▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩と相掛かり模様に進むが5手目で▲3八銀!といきなりやってくれた(※4)。早くも連盟データベース上での前例が0に(携帯中継のコメントから引用。以下同様)。
イメージ 1
以下△3ニ金▲7八金(手順違いの前例64に合流)△7二銀(同30)に▲5八玉!(ここで再び前例0に)。
イメージ 2
手順中気になる変化はあるがそれはひとまず置いておくとして、上2つの図(つまり5手目▲3八銀と9手目▲5八玉)を見た時どういう印象を受けただろうか。もう少し突っ込んだ聞き方をするならもしこの局面の先手番が佐藤康光九段、藤井猛九段、山崎隆之八段、だったらどういう印象を受けるだろうか。藤井九段が初手▲2六歩を指すシーンはなかなか想像できないがそこは無視して下さい(笑)。
…もしこの将棋の先手が今名前を出した棋士だったら

また新手の登場か?!」

と盛り上がったかも知れない。その一方で千田五段のようにCOMを研究で多用している(事が知れている)若手棋士がこういう手を指した場合

「…ああ、またソフトの手ですか」

という冷めた反応になるかも知れない。たとえそれが100%自力で考えた手であっても
もしかしたら今後は「プロがCOMに勝てなくなる事」よりも

「見ている人に『プロはソフトの教えてくれた手しか指さない』と思われる事」

が原因でファンの将棋離れが進むのではないか、という気がしなくもない。
勿論新手の全てがCOM発祥というわけではないし、プロ棋士だって「ソフトがプラス評価を示しました、ハイ採用」となるほど馬鹿な人間ではない。例えば相矢倉で▲4六銀に△4五歩とすぐに反発する手や角換わり腰掛け銀で後手が端歩を省略して△6五歩▲同歩△同桂と仕掛ける「塚田(泰明九段)流」はソフト発祥の手筋であるというのは有名な話だが、当の塚田九段もこれらの手を鵜呑みにするのではなく研究や練習将棋などで「自分で考えて」実戦で使える目途がついてから投入した、と仰っている。当然上の図の▲3八銀や▲5八玉も同様であろう。例えば5手目▲3八銀に対しいきなり△8六歩と突っかけてくる(※5)のをとがめられずに攻め潰されたら単なるアホだと思う。他にも「評価値的には悪くはない」けど「人間が指しこなすのは大変」だとか「好みでない」とか言った理由で没になった「COM発祥の手」は沢山あると思う。
…しかし世の中には「人間vsCOMを『勝ち負けでしか判断できない』」人がいるのと同様に「どうせそれもソフトの手なんでしょ」としたり顔で言ってくる輩はこの先絶対出てくると思う(もしかしたらもういるかも知れない)。ましてや「プロ棋士がCOMに負けた」というのは「厳然たる事実」であるが、先ほども書いたように「プロ棋士がCOMの示した手を使っている」のは「必ずしも事実とは限らない」わけで、言ってみれば風評被害」「下種の勘繰り」でファン離れが進む(かも知れない)のだからたまったものではない。一体どうすればそれを食い止める事ができるのか、生憎自分にはいい方法が思いつかない…

最後にこの本の中から気になったフレーズをいくつか抜粋。「見たくない(まだ本を読んでいない)」という方は申し訳ありませんが「自己責任」でお願いします。

バックギャモンの世界では、コンピュータの指し示す手と同じ手を指せるかどうかがすでに一つの強さの基準です。だから将棋の世界もそうなっていくのでしょうね。羽生善治三冠)
これを読んだ瞬間自分はバックギャモンというゲームが嫌いになった(※6)。勿論羽生三冠のせいではありません(笑)。少なくとも自分はバックギャモンに限らず「COMと同じ行動が取れる事が強さの基準」なんてゲームに興味を持てる気がしない行方尚史八段もインタビューで

ソフトと同じように指したら、「よくできました」ってね(笑)。答え合わせみたいなのが普通になったら、たまったものではない。

と答えているが全く同感である。実際はトッププロでも「自分の対局であっても(ソフトの評価は)気にしていない」という人が多いようだが、それでも対局者のどちらかが「中継でCOMの評価値を出すな(それ以前に解説にCOMを使うな)」と希望したらそれを尊重すべきだと思う叡王戦(と電王戦)はドワンゴ主催(ニコ生で放送するという前提)だから仕方ないとしても。

ほとんどのファンは違いますけど、ごく一部にどうかなと思う人がいて、またそういう人の声が大きかったりするんですよ。中途半端に情報をかじっている輩がいちばん始末に悪い。「どうせソフトには勝てないんでしょ」みたいなことを、平気で僕に言う人もいますからね。笑って受け流すようにはしていますけど、そういう人たちとは関わりたくないです。行方尚史八段、上の文章の続き)
自分がプロ棋士で同じ事を言われたらそいつを殴り倒すと思う(笑)。
それはともかく、言われてみるとネット上で大声でわめいている人間というのは将棋に限らず初心者よりも中途半端に情報をかじっている人が多いように思う。それも膝までしか海に入った事しかないのに「俺は世界の海を制覇した」みたいな顔をして偉そうな(他人を誹謗中傷する)事を言う輩の何と多い事か。
日本国憲法第21条では「表現の自由」を保障しているが、昨今は「さすがにこんな奴の自由まで保障してやる事はないんじゃないか?」と思いたくなる輩が多いので、改憲議論するなら9条よりこちらが先じゃないのか、…って、まるで関係ない&柄ではない話になってますね(笑)。

物語でも、逆転の話が一番おもしろいんじゃないですか。森下(卓)さんがリベンジマッチで「ツツカナ」に勝ちましたよね。あの将棋は途中は形勢が悪かったと思うんです。それを終盤でねじ伏せて勝ったのだから、「コンピュータを間違えさせた。すごい」ともっと評価すべきでしょう。佐藤康光九段)

…ハイ皆さん拍手!! …というのは冗談としておいて(笑)、確かにあの将棋を評価している人って少ないと思う。そりゃあ対局ルールは相当特殊ではあったが一時はCOM側に触れた評価値を森下九段はひっくり返したのである(「表示されていた評価値が正しい」という前提だが)。もしCOMの棋力が「人間は絶対勝てない」というレベルに達していたら「森下ルールを使っても勝てない」はずなので、「COM相手でも人間が形勢をひっくり返すことは(簡単ではないが)不可能ではない」事を実証したという意味でも「もっと評価すべきでしょう」。

…まだ書きたい事はあるが時間も文字数制限も足りないので今回はこの辺で。


※1…探すために立ち寄った書店の1つでたまたまJRAの藤田伸二騎手(出版当時。以前も書いたが昨年9月に電撃引退された)が書いた「騎手の一分」を見つけた。不屈の棋士と同じ講談社現代新書の本だったために目に留まった、とも言えるけど(笑)。
…これを読むと藤田騎手が突然引退した理由がよくわかる。と同時に「自分はボートレースに転向して良かったなぁ」と思ったり(笑)。

※2…無論皮肉で言っています(笑)。

※3…「好きではない」という言葉もコンピュータ過剰適応型テクノストレスの人には理解できない(し難い)言葉なんだろうなぁ… とか思ったり(笑)。

※4…もっとも千田五段は今年に入ってから「初手▲3八銀」なんて事をやってもいるが。

※5…相掛かりの定説(?)として「5手目に▲2四歩と突っかけるのは先手が良くならない」というのがあるが、▲3八銀の1手が入っている(飛車の横利きが止まっている)事で違う変化が発生している可能性がないとは言い切れない

※6…バックギャモンファミコンにあったのを何度かプレイした程度なので(当然ルールもよくわかっていない)そもそも好き嫌いを論じられるレベルではないのだが(笑)、今後本腰入れてこのゲームをやろう(ルールを覚えよう)、という気が微塵もなくなったのは間違いない。