DJカートン.mmix

昨今流行っている「ジェンダーレス」とかいう言葉を使いたがる人は「差別」と「区別」の違いがわかっていないんじゃないか? と思う。

「ナンプレ作家」の存在意義

前回の記事を推敲しながら考えた事がある。
それはパズル作家の中でもナンプレをメイン(専門)としている作家の存在意義についてである。
そんな事を考えるきっかけとなったのは、前回の記事の中に出てきたナンプレ自動生成プログラム」の存在である。

もしこれが非売品、あるいはメチャクチャ高い金額を出さないと買えないとかいう代物だったらまた話は違うが、
今のご時世はナンプレ 作成」あたりで検索をかければフリーソフトでそこかしこに落ちている。
中には「プロのパズル作家御用達!」なんて銘打ってあるものまである。
いくつか試してみたが、それこそ回転寿司を握るロボットさながらにポンポンと問題が出来る。
それもある程度の条件設定(例えば『初期配置が20個』『初形に7を使っていない』とか)も可能である。
これが他のパズル、例えばクロスワードなんかだと使用するのが「単語」であるため、
ナンプレのように機械的に(自動で)数字を当てはめて… というわけにはいかない(と思う)。
 
…つまり、ことナンプレ作成に限って言えば「人間よりソフトのほうが効率的」であり、
そうなるとナンプレ作家の存在意義がなくなってしまう、なんて理論が成り立つ可能性もある。
ちょうど今プロの将棋棋士とコンピュータが戦う「電王戦」の真っ最中(今度の土曜日に最終戦)で、
「コンピュータが勝ち越し(総合的に人間より強くなっ)たらプロ棋士の存在価値がなくなる」
などと勝手な事を言っている(書いている)人がそこかしこにいるが、事情としてはそれに近いものがあるかも知れない。
 
将棋の場合、仮にそういう結果になったとしたら
多少は将棋の人気(プロの存在意義)は落ちる」と思う。
と言うのも、世の中には「物事を表面上の結果でしか判断できない人間(※1)」がいるので、
残念ながらそういう人の将棋に対する評価は落ちざるを得ない。
しかし世の中には「結果」だけでなく、そこに至るまでの様々なドラマを理解できる真っ当な(?)ファンもいる。
…と書くとなんだか偉そうだが(苦笑)、本質的にはプロスポーツ(野球やサッカーなど)を生で観戦するファンと同じで、
プロの「技」や「戦う姿」を生で見たい、感じたい…
だからこそ高い木戸銭を払ってでも見たいと思う人がいるわけである。
そうでなかったら昨年1月に故・米長邦雄永世棋聖が将棋ソフト「ボンクラーズ(※2)」に敗れた対局のニコ生(※3)で視聴者アンケートの「良かった」の数字が98.9%になるわけがない。
そういうファンがいなくなったらさすがにプロ棋士の存在意義は消滅してしまうが、
プロ棋士が全身全霊をかけて眼前の相手(人間・ソフト問わず)と戦う姿を見せ続ける限りそういう日は来ないだろう、と信じたい。
 
ではナンプレ作家の場合はどうだろう。
はっきり言って1つのパズルが出来るまでの過程にドラマがあるとは思えない。
作家が机に向かって唸っている姿を見たい、などと言う人はいないはずである(笑)。
 
そうなるとナンプレ作家という職業(?)が存在する意義はないのだろうか。
…いや、さすがにそんな事はあるまい。
確かに「問題を作るだけ」なら人間よりはるかに効率的だろうが、そこに何らかの条件付け(見た目とか特殊ルールとか)で注目を集める・解後感を高める為の工夫をできるのは人間ならではである
前述のように条件を満たした問題を作れるソフトもあるが、それでもその条件(方針)を決められるのは人間だけである。
つまり、ナンプレのようにただ機械的に数字を並べれば完成するパズルであっても、
「面白い作品」を作る能力は人間のほうが上(と言うよりコンピュータにはそういう概念・感覚が存在しない)であり、
そういう技術・感覚を持った(『この人のパズルをもっと解きたい』と思わせることができる)人こそがプロのパズル作家としてやっていけるのではないか
(逆に言えばソフトが作った問題をただ並べているだけの作家・雑誌に「プロ」を名乗る資格はない)、
と思う(※4)。
それに通常のナンプレならともかく、特殊ルールを追加した「バラエティナンプレ」に関してはそれを作れるソフトが存在しないので(※5)、そういう意味でも人間の存在価値は偉大(笑)である。
 
その一方で、「ナンプレを解く」ためのソフトも多く出回っている。
こちらは問題生成よりもアルゴリズムが単純?なので(早い話ナンプレは「消去法」のパズルなのでコンピュータの得意分野といえる)、生成ソフトより多くのフリーソフトがその辺に落ちている。
 
自分は(今のところ)生成ソフトは使っていないが、解答ソフトについては使用している。
もちろん「懸賞問題をソフトに解かせて楽をするため」…ではなく(笑)、
最終的な答え合わせ、つまり「そのパズルはちゃんと解けるのか否か」の確認をさせるためである。
解く側にはあまり関係のない話であるが、作る側に立つと2種類の失敗パターンにはまる事がよくある。
 
例題を使って簡単に説明する。
イメージ 1
 
①答えが2種類(以上)ある
…左上のブロックについて考える。
1と8以外の数字が埋まっているので、残る2つ(水色のマスと青色のマス)には1と8が入る。
しかしここだけを見たのではどちらに1(8)が入るかは特定できない。
そこで隣のブロックを見る。ここも1と8以外が埋まっていて、残る2つには1と8が入る。
しかしこのブロックもここだけを見たのではどちらに1(8)が入るかは特定できない。
そこで両方のブロックを合わせて考える。
どうやっても1と8の組み合わせを特定できないのがお分かりいただけると思う。
具体的には「水色のマスに1:青色のマスに8」と「水色のマスに8:青色のマスに1」の2パターンがあって、
どちらかに特定する方法がないのである(※6)。当然ながらこういう作品は失敗作である。
特に残りの77マスが埋まって最後4マスだけがこのように残ってしまうと嫌になります(笑)。
②答えがない
…左中央の赤色のマスに入る数字を考える。
・縦のライン上には3、5、7がある。
・横のライン上には2、4、8がある。
・同一ブロック内には1、6、9がある。
消去法で入れる数字がなくなってしまった(答えがない)。当然こういう作品も失敗作である。
 
この2つ、作っている最中に気づきそうなものであるが(自分も普通は気づきます)、
空いているマスに「思い込みで」数字を入れてしまうとこの2つの失敗に気づかず全てのマスが埋まってしまう(失敗作が出来てしまう)、という事がある。
それを防ぐ為に第三者目線で、かつできるだけ早く判定を下せる存在として解答ソフトを使っている。
これに関しては自分に限らずほぼ全てのパズル作家が行っているはずである
(これは詰将棋に関しても同様。その話はまたの機会に…)。
もっとも、これに関してもバラエティナンプレに対応したソフトは皆無に近いので自力でどげんかせんといかん(笑)のだが。
 
稀にパズルを解く側が上記のパターンにはまる事があるが、
そうなった場合はほぼ間違いなくその方の答えが間違っています
ごく僅かな可能性として「誤植」、あるいは「失敗作を(確認せずに)載せてしまった」はありますが(笑)。
 
(※1)…これに関しては更に2種類の解釈があり、
①将棋(界)の事が全く分からない・興味がないので「表面上の結果」以外の判断材料を持たない人
…これに関しては仕方ないです。無理矢理説得するのも無益でしょうし。しかし、
②「表面上の結果」以外の判断材料がある(将棋のことをある程度理解できる)にも関わらず、
「結果」でしか物事を判断できない(判断しようとしない)哀れな脳の持ち主
…こういう人が最近(特にネット上だと)とみに増えたような気がする、
そしてそういう人ほどやたらと騒ぎ立てている、と感じるのは気のせいだろうか。
 
(※2)…「Puella α(プエラ・アルファ)」と改名して第2回電王戦で塚田泰明九段と対局。
結果は230手の激戦の末持将棋(引き分け)。
ちなみに「Puella」はラテン語で「少女」の意味で、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』にかけているそうな。
 
(※3)…「ニコニコ生放送」の略。アカウントを取得すれば一応無料で見れるが、
視聴者が多くなった場合(サーバー負荷対策)は有料会員に優先視聴権があるので、
この放送は事実上無料での視聴は不可能だった、と言える。
最近はタイトル戦でもニコ生があるが、こちらも無料会員はすぐに「叩き出される(ほど視聴者がいる)。
 
(※4)…自分もそういうパズル作家になれるよう精進しますのでご支援をよろしくお願いします。 -_-
 
(※5)…対角線ナンプレくらいなら(比較的メジャーなナンプレなので)作れるソフトもあるようだが、
バラエティナンプレは細分化すると種類がとても多くなり、
中には特定のパズル誌にしかないというローカルルール(?)のナンプレも多いので、
それら全てに対応するソフトの作成は非現実的かつ非効率的と言える。
 
(※6)…もし仮にこのパズルが「対角線ナンプレ(2本の対角線上に1~9が1つずつ入る)」だったら、
右下がりの対角線上に既に「8」がある(青色のマスに8を入れると8がダブる)ので
「水色のマスに8:青色のマスに1」と確定できる。