DJカートン.mmix

他人に完璧を要求するのは質の悪い潔癖症のようなものだ。

符号に「合」は必要か?

本来ならこの記事は4月2日にはアップできていたはずなのだが、前回の記事に書いたとおり「自分の手元に詰パラが届いたのは4日」なので当初の予定から大幅に遅れてのアップとなってしまった。

 

…まぁ要件(?)はタイトルのとおり。多くの詰キストは符号に「合」がついている事に何の疑問も抱いていないような気がするが、自分は「別になくたってええやん」と考える派。実際解答の投稿に「合」はつけないし、会合とかで符号を口述する時も九分九厘つけない(「貼る」という事は多々あるが)。

 

合理的に(?)考えると、

1.指し将棋では符号に「合」なんてつけない。

指し将棋の棋譜で符号に「合」がついているのを見た事があるだろうか。例えば「☗4八飛☖4七角合☗同飛・・・」という感じの棋譜を【*1】。…自分はただの一度だってないし、他の方も多分同様だろう。指し将棋と詰将棋が全く別のゲームというならともかく、原理としては同じものなのに片方だけ「合」をつける理屈がよく分からない。

2.省略すると意味が変わる符号ではない。

例えば「3三金打」は「盤上の金が3三に利いている状態」で3三に金を打った事を指しており、その局面で「打」を省くと「盤上の金が3三に動いた」事になり、意味が変わってしまう。だから「打」の有無は重要である。

…じゃあ「合」の有無は盤面の状態にどれほどの影響を与えるのか? …よく考えればわかると思うが、符号の「合」の有無は

盤面の状態に何の影響も与えていない。

言わば歩を打った時に「5三歩打」とわざわざつけているようなもので、符号の「合」はこれと全く同じ事、つまり「なくてもいい補助符号」だという事がわかる【*2】。

多くの詰キストは「何となく」とか「古くからの慣習」で符号に「合」をつけているのかも知れないが、自分は時折そういうものに「?」を投げかける。…というか若手の詰キストの間では「グレー要素を白黒ハッキリさせようとする」動きがままあるのに、その中に「符号の『合』の有無」についての議論は聞いた事がない。何故だろう…

 

この疑問については「書こうと思えばいつでも書けた」のだが、この時期詰パラ4月号の到着後)に書いたのには理由がある。

発端(?)は1月号のヤン詰解答稿。その中の①の作意手順について

13香㋑12桂合、同香成、同玉、45角㋺34桂、同角、11玉、…(以下略)

の後に

㋑㋺を「12桂・34桂」と書いた解答が多数。合駒を打ったのかどうか、差が分かるように記してください。

と書いている。…これを読んでこの担当者は

合駒を打った場合は「合」をつけろ

と言いたいんだな(6手目の「34桂」は22からの移動合で、ここで「34桂合」は打った事になる=早詰になるので不正解)、と自分は解釈した

ただ、そう解釈するとおかしな事が生じる。4月号ヤン詰の解答稿、その②について

26桂、同角、23銀、同馬、25金、44玉(逆王手)、45歩、同桂、35銀、同角、36桂迄11手。

7手目の45歩は「合駒を打った手」であるが、符号に「合」はついていなかった(これを確認するために4月号の到着を待っていた。…実に根性が悪い)

…先ほどの主張はどこに行った? と思った。もし「攻め方の着手に『合』は不要」と主張するなら「だったら玉方の着手にも『合』は不要」と言い返す事(あるいはその逆)が可能である。…「とても面倒な議論」に発展する未来しか見えない(笑)。いっその事解答で「45歩合」って書いてやろうとも考えた(が結局やらなかった。…やっときゃ良かったかも)。

 

…最後は完全に屁理屈であるが(笑)、こういう面倒な議論(屁理屈)が起きかねないのなら符号に「合」を付けない方がスッキリしているのでは、と自分は考える。一方で「『合』があった方が分かりやすい」という理屈にも一理あるので、最終的には「好み」になってしまう可能性もある。ただ、「『合』をつけない解答は不正解」などとほざき出したら「抗議書パート2」の登場である。

*1:喩えが古いって? ほっとけ(笑)。

*2:厳密には「歩打」も棋譜で登場し得るがそれは極めて特殊な話(「歩の直前に歩を打った」場合はそれが二歩=反則である事を示すために「○○歩打」と書く事になる)なのでここでは除外。