DJカートン.mmix

他人に完璧を要求するのは質の悪い潔癖症のようなものだ。

桂米團治独演会(札幌公演、8月25日)

…タイトルのとおり。道新ホールのキャパの50%くらいの入場者数で公演されたが、「前詰め」にしたらあまり意味がないように思う(他の公演だと「1席おき」にしている事が多い)。

 

出演者と演目は前売りの時点で発表されていた。

桂米輝「子ほめ」

桂米團治「淀の鯉」(中川清作)

桂ちょうば「ふぐ鍋」

桂米團治はてなの茶碗

--- 中入り ---

桂米團治「地獄八景亡者戯」

 

桂米輝は桂米團治門下、以前このブログでも紹介したのでここでは割愛。桂ちょうば桂ざこば門下で、当代ざこばの前名「朝丸(ちょうまる)」と「ざこば」から名前を取っている。

 

「子ほめ」もそうだが、落語には時折他人がやっていた事や他人に教わった事を「一字一句違わずに真似をして失敗する」というおバカキャラが出てくる(上方だと大抵「喜六」の役回り)。言ってみれば「応用力が皆無」なわけだが、よくよく考えると「他人のセリフ(教え)を一字一句違わずに真似をする」というのも簡単な話ではない。特に「青菜」では大店に出入りしている植木屋(が同様のボケをかますが応用力皆無というのはちょっと考えにくい。…まぁこういう疑問は「落語だからOK」で片付いてしまう事も多いのだが(笑)。

「淀の鯉」の作者「中川清」は三代目桂米朝の本名。先代米團治に入門する前に作った新作落語(なので作者が本名)であるが、一度も演じられる事無くお蔵入りに。それから一回り以上過ぎて「米寿記念・桂米朝展」の開催にあたり米朝宅の膨大な書類の中から「発掘」されて2012年8月に五代目米團治が初めて演じた(五代目米團治のブログから引用して要約しました)。

船場の旦那が淀川に屋形船を浮かべて芸者衆に鯉を釣らせ、それを板場の喜助に料理させる、という趣向を考える。ところがその喜助は「板子一枚下は地獄」と怯えるくらい大の船嫌い。さぁどうしようか・・・ というところから始まる噺。

「ふぐ鍋」は季節感0な噺だが、予定されていた公演が中止となって「演目ごとここにスライドされた」のでこの時期に演じる事になったそうだ。

はてなの茶碗は上方の古典落語(「茶金」という名前で江戸でも演じられる)だが、戦後途絶えていたものを三代目桂米朝が復活させたと言われる。米朝が復活させた噺というと「地獄八景亡者戯」が有名だが、「上方落語中興の祖」と言われるだけあって復活させた噺はもっとたくさんあるのだろう。

そしてメインの「地獄八景亡者戯」。録音を聞いた事はあるが生で全篇を聴くのは今回が初めて。…と言っても、この噺は基本的に(?)時事ネタを多く用いるのでいつ聴いても新鮮味が損なわれない。時事ネタなので六道の辻公演日の直近に亡くなった芸能人が「本日来演!」といって出てくることも珍しくない【*1】。また米朝自身は「桂米朝近日来演」と演じる事が多かったそうだ【*2】。

六道の辻のメインストリート(?)は「冥途筋」と名付けられている。大阪の御堂筋のもじりであり、「めぃどうすじ」という感じでどちらにも聞こえるように発音するのだが、「ずっと行くと突き当りが高島屋南海電車…って

「札幌でこんな話してもわからんやろ!!」米團治のノリツッコミ)

他にもここでは書けないような「ダークなネタ(例えば特定の個人への皮肉とか)」も多数登場。…やっぱ落語は生に限る。

 

どっかの音楽ライブイベントが批判の的になっているらしいが、落語会はそこまで規模が大きくないし、何と言っても「ヒトの免疫力を最も高める行動は『笑い』である」という検証結果もあるそうなので(この日の枕に出てきた。「そういえばそんな話を聞いた事があるなぁ」と思いながら)、このご時勢だからこそもっと落語を聴かないと。

*1:この日の公演では千葉真一が出てきたし、米朝が鬼籍に入った翌日の公演では米團治が「桂米朝本日来演!」と演じたらしい。

*2:初代、二代目の米朝は後に改名しているので「桂米朝という名前で死んだ噺家はいない」という事らしい。