DJカートン.mmix

昨今流行っている「ジェンダーレス」とかいう言葉を使いたがる人は「差別」と「区別」の違いがわかっていないんじゃないか? と思う。

森下卓九段・島朗九段 2013年冬 順位戦解説会

今年の7月に「2013年夏・順位戦解説会」が開催される(された)、という話を書いたとき、

題名に年号と季節を銘打ってあるので、今後もこの解説会が継続的に行われる、と信じたい(笑)。

と書いたのだが、早速(?)2013年冬順位戦解説会」が12月21日に開催された。勿論主役は森下卓九段と島朗九段。

前回の解説会から「両国将棋囲碁センター」の主催(?)で同所で行われているのだが、今回から参加システム(?)が変わり、2013年末にスタートした同センターの年間会員制度両国将棋学術会員(同センターの顧問である島朗九段による命名との事)」に入会した人のみが参加できるただし会員の紹介があれば非会員でも「ビジター」として会員一人に対しビジター一人が参加できる)、という形になった。
年会費は12,000円(初回のみ事務手数料が3,000円、今回のイベントの参加費は4,000円(要事前予約)。
「やけに高くないか?」と感じる人が多そうだが(自分も最初は思った)、同センターではこのようなプロ棋士を招聘してのイベントを年6回行う(※1)、との事で、経費(出演棋士への謝礼や懇親会の費用など)を考えると「決して高くない」とも「仕方ない」とも思える金額である(知人に会員がいればその紹介で、という手もあるのだろうが、自分の周りにそういう人はいない)。
ましてや今回の主役(の一人)である森下卓九段は来春に「第3回電王戦」を控えている、ある意味「とてもデリケートな時期である(もっとも今回の解説会に限ればそこまで張り詰めた雰囲気ではなかったけど)。そういう時期(ついでに言うと「自力」ではないもののB級1組復帰の可能性がある、という大事な時期でもある)あまり料金を安く設定すると森下九段に精神的ダメージ(?)を与えかねない『不穏分子』が集まりかねないので、今回に限って言えば「19,000円(年会費+事務手数料+今回の参加費)」という金額はなかなか絶妙な設定(心から森下九段を応援したい、という人でないと出せない金額)ではなかろうか。

それに今回からはイベント終了後に出演棋士を交えての夕食懇親会が行われるというので、
森下卓九段・島朗九段2013年冬順位戦解説会トーク&ディナーショー
だと考えれば19,000円なんて「全然安い」と思う(芸能人のディナーショーだとこれの2倍以上することも珍しくない)。

受付開始は13時からなので、当日の「ひかり462号(11:11浜松発→12:40東京着)」でも十分に間に合うのだが、途中に寄りたいところがあったので前日から東京入り。
本当は夜行バス(翌日5:10くらいに東京駅着)を使いたかったのだが予約が既に満席(それまで1日2本あったバスが12月から1本に減ったせいもあろう)、仕方なく(?)前日の高速バス(昼間)で東京入り→ビジネスホテルで1泊、という方法で。多少高くつくが、十分な睡眠が取れる&寝坊の心配が一番少ないというメリットもある(朝の新幹線だとかなり早起きが必要、夜行バスは寝心地が悪い&5時着なのでまともに寝れない)。
…ところが、その高速バスで一波乱(?)。東名高速「秦野中井IC~横浜町田IC」間で緊急工事渋滞15km、都心到着は1時間20分遅れの模様、とのアナウンス。 …そんなに遅れたらホテルのチェックインに間に合わないがな、という事で途中休憩で停車した足柄SAで遅れる可能性がある旨を電話しておく。
案の定19時50分頃にその渋滞に捕まってしまったが、ちょうどその頃緊急工事が終わったようで、最終的な遅れは30分ほどで済み、何だかんだ言ってホテルに着いたのは22時(予約していたチェックイン予定時刻)の2分くらい前だった(結果として連絡の必要がなかった…)。

途中に寄ったのは「中山競馬場」。競馬場入口にはJRAと進撃の巨人」がコラボしたモニュメントが。
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…はっきり言って「キショい(何故か関西弁が出る)」。

この日はちょうど「中山大障害(J・GI)」の当日。競馬界の締めを彩る大一番である。
有馬記念? 何それ? 武器?(…ネタが古い。)

中山大障害」という競走について簡単に説明。
1932年に創設された「東京優駿」(「日本ダービー」の正式名称)に匹敵する大レースを中山競馬場でも開催しよう、という動きから1934年に創設される(創設当時のレース名は「大障害特別」。ちなみに有馬記念の創設は1956年)。競走距離は4100m。「大障害」の名前のとおり、通常のレースでは使われない大きい障害大竹柵障害(下の写真の右)」と「大生垣障害(同左)」の2つを飛越する。
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1935年から1998年までは春と秋の年2回開催(両方合わせて回数をカウント)され、今年のレースは「第136回」。1999年からは春の競走は「中山グランドジャンプ(4250m)」と名称を変え、新たに第1回からカウントされている。
ちなみに正式なレース名は「農林水産省賞典中山大障害中山グランドジャンプも同様)」。今でこそ年末の締めくくりは有馬記念、というスタイルが定着しているが、昭和50年代までは有馬記念の後(次の週)に中山大障害が行われていた事もある

…本当はこのレースの魅力を語りまくりたい(笑)のだが、それをすると本題に入れないのでやめる(そのうち書くかも)。レースを現地で観戦したかったのだが同レースの発走は14:50(※2)、既に解説会が始まっている時間なので軽く競馬場散策して馬券を買って終わり(レースは帰宅後JRAホームページで観戦)。

両国駅に到着。駅ホームから両国国技館(電王戦第2局の対局場でもある)が見える。
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相撲博物館なんかも行ってみたいと思ったが、そちらに割く時間がなかったのでそれはまた今度、ということに(競馬場を早く出ていればそちらに割く時間が十分に取れた…)。
駅から徒歩1分、両国将棋囲碁センターに到着。今度はちゃんと場所を確認しておいたので問題なし両国駅の出口は2箇所しかないのでこれで迷ったら最悪である)。
…12時過ぎに着いたのだが席主の方しかいない。そりゃそうだ、受付は13時からとなっているのだから(笑)。
「森下先生に会うために浜松から来ました」
と話したら大層驚かれていた。受付を担当した鈴木環那女流二段も驚いていた。しかしもっと遠方(福岡や北海道)から来た方と比べたら浜松なんてのは大したことはないかも知れないけど。ついでに(?)受付する時に財布を取り出した時に
「かわいい財布ですね」
と言っていただいた(…どんな財布かはご想像にお任せします)。

解説会はセンターの斜め向かいにある「第二酵素ビル」のホールで行われた。事前予約制で参加人数がわかっているので「センターのキャパシティでは入りきらない」時はこちらで行っているようである(「過去に開催されたイベント」で写っている会場の写真が今回の会場と同じだった)。

定刻の14時、森下九段と島九段が登場。開始前の席主の挨拶で
森下九段には前回の解説会(2013年夏、7月20日)の翌日に今回の出演依頼をした
…それくらい好評だったのだろう。何しろ前回の解説会は当初の15時~17時半までの予定が両先生のご好意で19時まで延長されたというから。

自分が以前に参加した解説会(2011年12月)の時もそうであったが、お二方のトークにはとにかく「オフレコ」な話正直こういうブログで事細かに書いてもいいのか、と考えさせられるネタ)が多い。例えば、

・森下九段が以前羽生三冠に(とある対談の中で)「いつまでA級にいられそうか」と聞いたときの回答およびその理由

・森下九段が2年前に「渡辺竜王(当時)の連覇を止めるのは○○○だと思っていた」という予想

・谷川九段が考案した新しい持将棋のルール(それを聞いた森下九段は本人に向かって「そういう発想ができるなんて天才ですね!」と言ったそうである)

…など。もしかしたら自分以外の参加者が既にブログなりツイッターなりで書いている可能性もあるが、このブログでは関係者への影響を考慮、また解説会に参加した人だけの特典、という理由で「自主規制」とさせていただく。なお、解説会&夕食懇親会の様子(写真)は両国将棋囲碁センターのHPで見ることができます。

やはり話題となったのは「第3回電王戦」
既に告知されている事だが森下九段の対局は4月5日(土)の第4局、対戦するソフトは「ツツカナ」(手番は後手番)。対局場所は「小田原城」。
ちなみに全対局とも「一般の観戦は不可有明コロシアムとか両国国技館のような5桁の観客が入れる会場も観戦不可)、つまりニコ生で見てください」、との事である。
観客のいないだだっ広い会場の中央で指す菅井五段や佐藤紳哉六段の心境やいかに…?

出場する棋士の候補は12人くらいいたそうだが(「立候補制」だそうである)、その中から森下九段が選ばれた理由(の一つ)が谷川会長の
森下さんが出ると(電王戦の)品が良くなる
という言葉だそうである。…という事は今までの電王戦には「品がなかった」のか?(笑)

今回は対戦するソフトが対局する棋士に貸与されるという事になっており、既に森下九段の元にも「ツツカナ」が届いているようである。届いて間もないという事でそれほど対局数をこなしたわけではないようだが、率直な感想は「凄く強い」だそうである。
「事前研究できるなんてプロに有利(甘)すぎないか?」
という声をネット上ではよく見かけるが、森下九段の話を聞いていると
「ソフト貸与による事前研究ができなかったらプロ棋士にとって圧倒的に不利」
なのではないか(それくらい今のソフトは強い)、というのが個人的な感想である。
ちなみにツツカナは「読みの方針が比較的人間(プロ棋士)に近い」と言われるが、(即詰みがある、などの)指し手が一瞬で決まる局面=普通のソフトだと「0秒指し」をする局面でも2~3秒の「ため」がある(意図的にそうプログラミングされている)、というのも人間らしいと言うか(表面上は)相手を尊重している?特徴だという。確かに(ネット将棋などでも)0秒指しをされるとなめられているような気分になりますからねぇ。

ちなみに「対局料はいくら?」という参加者(自分ではない)からの質問があったが、
「それなりの額はいただく事になっていますが『非公表』です」
という回答。
…知りたいような気もするがこればかりは仕方ないですね。今はうっかり話した事が際限なく広がる可能性のある時代ですから…

両先生の軽快なトークが45分ほど交わされたところでようやく本題(?)の「順位戦解説会」が始まる。
今回の解説は3局。段位・肩書きは全て当時のもの。

・第43期名人戦挑戦者決定リーグ戦(※3)1回戦、▲加藤一二三王位-△米長邦雄十段(昭和59年6月25日)
…相矢倉から中・終盤の力のこもった攻防が当時の森下四段にとって非常に印象深かった、との事(結果は米長十段の勝ち)。

・第55期王位戦予選、▲森下卓九段-△松尾歩七段(平成25年12月16日)
順位戦解説会」なのに順位戦以外の解説が(笑)。森下九段が13年ぶり13回目となる王位リーグ入りを決めた一番。

・第72期順位戦C級1組7回戦、▲菅井竜也五段-△斎藤慎太郎五段(平成25年12月17日)
…前期C2から昇級した新鋭同士の一戦。全勝の菅井五段に斎藤五段が土をつける。

解説会の後は森下九段にまつわるクイズ大会。森下九段と30年来の親交がある島九段が問題を作っただけあってマニアックな問題ばかり(島九段の性格がそういう問題を作らせた、という可能性もなくはない…)。
森下ファンだったら当然全問正解、と行きたかったが自分の正解は5問中2問…

解説の最中に突然話が横道に逸れて大盤が動かなくなる、というのがこの解説会の定番(笑)で、当初の予定では16時30分に終了(17時から夕食懇親会)の予定がわずか55分超過しかし島九段に言わせると「いつも通り」という事らしい(笑)。

解説会後は会場の下のフロアの健康食レストランで夕食懇親会。なお、先ほどの電王戦の話の大半はこの懇親会中に話していただいた事である。
「森下九段の礼(お辞儀)は深い&長い」、というのは業界&ファンの間では有名な話だが、今回の懇親会の挨拶(いただきます)でも一番最後まで頭を下げていたのは他ならぬ森下九段だった。少し気になった(?)ので「何か理由があるのですか?」と伺ったところ、
「子供の頃からの習性ですね」
との事。

食事の後は再びトーク、主に森下九段・島九段への質問。
特にひねった質問は出なかったが、
「生まれ変わったらもう一度プロ棋士になりたいか?」の質問に対する森下九段の
「○○○出来るのだったらもう一度プロ棋士になりたい」
という回答には会場大笑い(ちなみに森下九段のエピソードを知らないと意味がわかりません)。

散会後に「矢倉をマスター」と「島研ノート・心の鍛え方」にそれぞれサインを頂き記念撮影。最後の会釈は森下九段に負けじと(笑)深く&長く頭を下げたつもりだったが、それでもやはり森下九段の会釈の(深さはともかく)長さには勝てませんでした(笑)。
写真で見ると森下九段は意外に長身(175cmはありそう)、逆に島九段は160cmあるかないか、という感じ。まぁ棋士に身長はあまり関係ないでしょうけど…(笑)

翌日(22日)は東京で「詰工房」の予定だったが、翌日は仕事だったので出席は出来ず(懇親会終了後そのまま新幹線で浜松へ)。会場で声を掛けられなかったのでどうやら今回の解説者に6月の詰工房の参加者(つまり「詰キスト」)はいなかった模様(笑)。


※1…2014年のイベント(出演棋士、同センターのHPに告知が出ている)は現時点で

2月16日(日)…中村太地六段
4月12日(土)…森下卓九段
 →第3回電王戦の1週間後。もしかしたらここでしか聞けない電王戦裏話とかが聞ける…かも?(笑)
6月22日(日)…佐藤康光九段
7月20日(日)…森内俊之竜王名人
 →この日は詰将棋全国大会とバッティングしている。…自分はどちらに行ったらいいのでしょう?(笑)
8月17日(日)…藤井猛九段

…が決まっている。

※2…当初は14:45だったが、東関東自動車道での事故渋滞で一部の競走馬の競馬場到着が遅れたため、中山競馬1レースの発走が1時間遅れ(9:50→10:50)、2レース以降も間隔を詰めて行われた。

※3…気合の入った将棋ファンならご存知だろうが、1976年(第36期)~1984年(第43期)は「順位戦」という名称ではなく、A級→名人戦挑戦者決定リーグ戦、B1~C2→昇降級リーグ1~4組、という名称だった。