DJカートン.mmix

他人に完璧を要求するのは質の悪い潔癖症のようなものだ。

順位戦解説会に備えて

19日の順位戦解説会に参加するために17日から東京入り。時期が時期なので青春18きっぷを使って下(東海道線)を4時間以上かけて上って東京へ、というのは毎度の(?)パターン。

その主役(?)の森下九段は先日267手(しかも入玉なし)という大激戦の将棋を制している(12月2日、棋聖戦二次予選対黒沢怜生四段戦)。100手も行かないうちに双方1分将棋になり、そこから延々と秒読みが続く。こういう将棋は見ている方からすれば非常にスリリングで面白い(かも知れない)が、当事者としてはそれどころではない。ましてや手数が伸びれば伸びるほどそれまでに費やした労力を思い起こして通常の対局以上に「負けられない」、と言うより「これを負けたらこれまでの苦労が無駄になる」という気持ちになる(かも知れない)。もっともプロ棋士ともなると「それまでの苦労(読みとか研究とか)が無駄になる」のはよくある事…だと思うので、200手超の将棋になったからと言ってその手の「欲」が出てくる事はない…のかも知れない。

先日の週刊将棋(12月9日号)には森下九段と増田康弘四段との師弟戦(今年8月の朝日杯将棋オープン戦)の自戦記が2ページ拡大版で掲載された。…が、そのうちの半分くらいは自戦記どころか将棋の話ですらない(囲碁の世界戦についての)話
「わざわざ2ページ使って書くことか?」
なんて事を思った読者もいそうな気もするが、順位戦解説会のスタイルは正にこういう感じで、全体の前半分は「将棋とは関係の(あまり)ない雑談が占めている」のである。言うなれば「トークショーの森下システム」と言ったところであろうか。
その師弟戦だが、来期(第42期)の棋王戦予選で森下九段が初戦(石田直裕四段戦)を勝つとまた実現してしまう。棋聖戦二次予選の決勝は深浦九段との同門対決だし、本当に抽選に作為はないのだろうか、と思ってしまう(笑)。