DJカートン.mmix

それって早い話「金儲けのための忖度」って事では。

鍵のかかった局面

突然ですが、下図の局面での「次の一手」は?
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この局面は昨年に放送された推理ドラマ「鍵のかかった部屋」の中で将棋を題材とした回(第3話・盤端の迷宮)に出てきた局面である(こういうのは大抵「プロの対局で出てきた局面」を使っているのだが、この局面の出自はわからなかった)。この局面での次の一手が事件解決の鍵となるのだが、その次の一手に対する作品内のプロ棋士達の評価はというと…

この間の竜王戦で毒島竜王(※1)が終盤で指した○○○という手はさすがに激指にも発見できなかった(若手棋士が主人公の榎本に向かって)
解説者も報道陣も誰一人気付かなかったようです」(後日の将棋番組で解説役のプロ棋士が)
トッププロの棋士でさえ誰一人として気づかなかった手なんですよ」(榎本が犯人に向かって)

「…そんなアホな」
と思われた方が多いと思う。少なくとも詰将棋経由で(「詰将棋おもちゃ箱」や「香龍会ブログ」などから)このブログに来た人でこの局面の「正解」がわからない、なんて人はいないと思うし、詰将棋が苦手でもそこそこの棋力があれば(アマ初段、いや、2~3級くらいでも)答えにたどりつけるはずである。

渋っても意味がないのでさっさと正解を書く。答えは『▲1六桂』。
この中合が妙手で唯一先手玉は詰みを逃れている。
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…と書くと何だか格好良さそうだが、そもそもこの局面での合法手(王手を防ぐ手)はわずか4種類しかなく、そのうち3つは簡単に詰まされてしまうので(※2)、消去法で残った▲1六桂を「これで詰まされたら仕方ない」と割り切って指す、なんて人もいると思う。その程度の手を
プロ棋士(毒島竜王を除いて)が誰も気が付かなかった将棋ソフトが発見できなかった」…
そんなアホな話があるかい、と思った。更に言うと、この▲1六桂について前述の「将棋番組」では

端の筋に桂馬を打つのは一点狙いですから普通はいい手にならないんですがね…

と解説している。
「…どこに脳みそついているんだ、このおっさんは?」
と思った。自玉の詰みを逃れる唯一の手段、要は受けの手に対し「一点(2四の地点)狙い」だなんて全く持って意味が分からない

もし脚本家あるいは演出家が将棋が好きな(ある程度指せる・詳しい)人だったらこの▲1六桂  極論するなら「誰でも正解できる手」  を「絶妙手」と偽って表現するだろうか? …そのような「自分の好きなもの(人)を貶めるような脚本」を好んで書く人なんて多分いないと思う(※3)。少なくとも自分がその立場だったらとてもじゃないけど恥ずかしすぎて出来ない。…まぁ「恥ずかしい」は言い過ぎかもしれないが(笑)。

…じゃあどういう手なら「プロや将棋ソフトでも発見できない妙手」となるのか?
はっきり言って終盤の詰むや詰まざるやという局面でそんな手は存在しないと思う(何と言ってもそういう局面はコンピュータの得意分野だから)。例えば下図の局面(つまり序盤~中盤)で後手の指した次の一手とかなら「他のプロや将棋ソフトでも発見(予想)できない妙手」となるかも知れないが(答えはここでは書きません。気になった方は調べるなり誰かに聞くなりして下さい)。
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そういう議論はさておき、この脚本を書いた人、いや演出を手掛けた人は「▲1六桂は実は大した手ではない」と知らずに書いた、つまり「将棋の事をよく知らない(矛盾が矛盾だとわからない)」可能性が高い。
…まぁ知らないのは仕方ないとしても、それでも仕事として脚本・演出を書かないといけない、となるとそれ相応の「取材」はすると思う。今の世の中だから断片的な「情報」はいろいろと手に入るだろうが、その業界の事をよく知らないとそれらの断片的な情報をまとめて一つの絵にする方法がわからないと思う。
しかし作品は完成させないといけない、しかも時間はあまりない、という焦りからか、それを無理矢理形にしようとするから矛盾だらけの作品(脚本)になってしまう  喩えるならジグソーパズルを力任せにはめ込んで出来上がった絵を見ないで「完成!」と言っているようなもの  のではないだろうか。

現にこの作品の中にはこの局面以外にも大小様々な矛盾点、懐かしい言葉(?)を使うなら「ダウト」が存在する。そこで、作中の「ダウト」を挙げる事で「業界を知らない人が作品を(想像で)作るとどうなるのか?」を検証(?)してみたい。
中には「フィクションだから別にいいだろう」というもの(例えば将棋会館の建物など)もあるが、あくまで今回は現実の将棋界を判断基準とした。

・「将棋会館」の建物がどこかの大学のキャンパス?
…前述したように「別にそれでもいい事」なのだが、「相棒」では実際の将棋会館(東京千駄ヶ谷)でロケを行っていた事を考慮するとやっぱり「ダウト!」と言いたくなってしまう。

・プロ棋士が将棋ソフトを使って進行中の対局を検討している
…と思って見ていた(そんな事をするプロ棋士はいない)のだが、どうやらソフトを使っているのは観戦記者(取材陣)らしい。ただ、
・控え室(棋士や記者などが詰めている部屋)が1階(一般の人が出入りできる場所)にある
のは「ダウト」でしょう。

竜王戦第7局が行われている部屋の配置がおかしい
…部屋には「上座」「下座」があって、和室の上座は大抵の場合「床の間を背にする位置」。しかし、対局室を(対局者の横方向から)映しているカメラには床の間が正面に映っている、つまり上位者(竜王)が「床の間を左手にして対局」している事になる(正しく直すには盤などの配置を右に90度回す)。上座下座の概念は一般教養に属する要素なので将棋に詳しくなくても分かりそうなものだが…

奨励会三段リーグで来栖三段(女性の奨励会員、今回の話のキーパーソン)が右手で指して左手でチェスクロックを押していた
…他にも同じ事をやっていた人が何人か。厳格に判定されると「反則負け」です。ただ、他のカットではちゃんと右手で押しているシーンもあり、はっきり言って滅茶苦茶。

三段リーグ対局場に「取材陣」がいる
…以前何かで読んだ記事では「取材陣が入室できるのは最初の数分だけ」とあったが(今もそうなのかはわかりません)、このドラマではかなり対局が進んでいるにも関わらず大勢の取材陣が。

・遠巻きに見ている榎本が「(来栖三段が)かなり追い詰められています」「次の一手が明暗を分けるでしょう」
…そう口にした局面は下図(対局時計の位置から来栖三段が先手と仮定しています)。
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ここで指された手は「▲1二銀」だったのだが、「将棋はかじった程度」と自ら言っている人(※4)がこの局面の形勢および▲1二銀という手の判断を即座に下せるとはとても考えられない
話の終盤で来栖三段との対局で「ゴキゲン中飛車超急戦」を指している事(原作にはない話)と言い、はっきり言って主人公の榎本を、もっとはっきり言うなら演じていた大野智美化しようとしているよう(いかにもフジテレビらしい?やり方)にしか見えない

・プロ棋士竜王戦の事を「将棋界最高のタイトル戦」と説明している
…別にダウトではないけど、(名人戦順位戦を差し置いて)はっきりとそう言う棋士っているのかなぁ…

竜王戦の対局で使われている「駒」が安物の書き駒である
…確かに数十万円する盛り上げ駒を用意するのは容易ではないのだが(洒落を言っているわけではありません)、その他小道具(将棋新聞、将棋ソフト、将棋関連のポスターなど)をやたら拘っているくせに肝心要の部分がおろそか、というのが度し難い

奨励会員の公式プロフィールがある
…そんなものは存在しない(女流棋士のものなら存在するが)。そして更にそのプロフィールの中に
奨励会員なのに「棋士番号」「順位戦在籍クラス」がある
…アホらし過ぎてコメントしようがない(笑)。

奨励会員の棋譜がある
…個人の所有物(対局後に自分で書いたもの)ならいざ知らず、奨励会棋譜は公式には存在しない(新人王戦など、奨励会員が参加できる棋戦の場合は公式に残る)。

・その棋譜がPC出力されている
…そういうソフトは存在するが、そのためには手書きで記録した棋譜を専用ソフトに入力する、という手間がかかる。

・その棋譜の内容が酷い
…初手から「▲76歩△34歩▲68銀△62銀▲66歩△54歩▲56歩△42銀…(以下略、符号は放映されたままのアラビア数字で表記しました)」となっている。
棋譜を目で追える人ならすぐに「異変」に気づかれた(そして多分笑った)と思う初手から▲7六歩△3四歩▲6八銀と進むと下図の局面になります(対局者の名前はその記録用紙にあったもの)。
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誰でも△8八角成と角をタダで取りますよね? それがわかっているので▲7六歩△3四歩の局面で▲6八銀と上がる奨励会員なんているわけないし、▲6八銀という稀代の悪手(?)を咎めず△6二銀と上がる奨励会員もいるはずがない
文字が小さい上に一瞬なので大抵の人が気づかないであろうダウトだが、個人的にはこの作品中最大最悪のダウトだと思う。
…先ほど「小道具をやたら拘っている」と書いたが、その「やたら拘った小道具」がダウトだらけなのだから救いようがない(笑)。

三段リーグの最終戦とその一つ前が別の日に行われている
…抜け番及び抜け番調整(※5)を除いて三段リーグは1日2局行われる。遠方に住んでいる会員や学生への負担を軽減するのが主な理由のようである。

・対局室を見渡すと「デジタルの対局時計」と「アナログの対局時計」が混在している
…秒読みの都合上(奨励会に記録係はいない)今はアナログ時計は使わないはず。

三段リーグの対局前、駒をズルズルと引きずるように並べている
…初心者ならともかく、見ていて滅茶苦茶格好悪いです(笑)。

・最終戦とその前の対局の来栖三段の「手番」が同じ
…1つ前(第17戦)は前述のように(仮定だが)先手番、そして最終戦も先手番だった(※6)。
しかし将棋界のリーグ戦は「初戦とその次、最終戦とその一つ前は違う手番にする」という決まりがあるのであり得ない。

・対局時計の置き位置がおかしい
…通常は後手番の人が押しやすい位置に置く。大抵の場合は後手から見て右側となるが来栖三段の対戦相手は左利きだったので置くとしたら後手の左側(来栖三段から見て右側)。しかし映像ではその反対側(双方からわざわざ遠い位置)に置いてある。…何で?(笑)

・最終局に敗れて四段昇段を逃した来栖三段(この時26歳)が「もうこれで一生プロにはなれない」
…確かに三段リーグは満26歳を迎えるリーグまでしか在籍できないが、「最終戦で勝てば昇段」という事はいくらなんでも既に勝ち越し(10勝以上)しているはずで、そういう場合は「26歳を迎えても三段リーグで勝ち越した場合は29歳までは次の三段リーグに参加できる」規則のもと最低あと1回はプロを目指すチャンスがあった(原作ではこの点にちゃんと言及している)。
ちなみに「相棒」ではこの規則を上手く活用(?)している。

・冒頭の局面に至るまでの手順(棋譜)がおかしい
…携帯サイトで問題の対局の棋譜を見れるのだが、TVに映った直前十数手の棋譜
▲52金 △66歩
▲64馬 △53歩
▲55歩 △67と
▲46桂 △66角
▲26歩 △39銀
▲53角成 △99と
▲81飛 △15香
…となっていた。
①「▲52金」はどこに消えた?
「△66歩」はどこに行った?(4手後の「△67と」が「△67歩成」だったら問題ないが)
角が3枚ないか?(「▲64馬」「△66角」のあとに「▲53角成」がある。これも「▲53馬」なら問題なかった)

…ざっと見ただけでも(それでもDVDを10回以上見返したが…)これだけの「ダウト」があった。しかもこれでもいくつかの「細かいダウト」は割愛しているので(掲載可能文字数の都合)、もっと細かく注視すれば更に多くのダウトが発見できると思う。もし気になった方がいらっしゃったらDVDがレンタルされているのでご覧になっていただきたいきっと笑えるor呆れると思います(笑)。
ちなみに「原作のみに見られるダウト(ドラマ版には使われなかった話)」もいくつかあったのだが、こちらも同様の理由で割愛させていただきました。

…こうして文章にしてみると尚更「自分が詳しくない業界の話」を書きにくくなってしまった断片的にならともかく、ラノベのようなストーリーとなるとちょっと…
さすがにここまで酷くはならないとしても(笑)、そこかしこに矛盾を抱えた作品を作ってしまいそうな気がするので、改めて「チェスの世界で活躍する少女」のラノベの執筆はお断りさせていただきます(笑)。


※1…この作品の中での竜王位保持者。この七番勝負を制して竜王8連覇となる。ちなみにこの毒島竜王を演じていたのはこのドラマの原作「防犯探偵・榎本シリーズ」(3部作で「鍵のかかった部屋」はそのうちの一つ)の作者である貴志祐介
毒島竜王の年齢=貴志祐介氏の年齢、と仮定すると8連覇時の年齢は「53歳」となるが、原作での毒島竜王は「若き竜王」「4連覇を目指す」となっている(執筆当時の渡辺竜王の実績に合わせたものと思われる。対戦相手の「鬼藤正光棋聖」はおそらくその時の挑戦者佐藤康光棋聖(当時)」のパロディであろう)。

※2…一応初心者向けに解説すると、
・▲1七桂(打)は△2八金で詰み。
・▲2七玉と逃げるのは△2八金▲3六玉△4五銀▲4七玉△5七角成(または△5七と)で詰み。▲1六桂を△同香と取らせてから▲2七玉と逃げれば△2八金に▲1六玉と香を取れ、以下△2四桂に▲1七玉と引いて打ち歩詰めで逃れる。

※3…指された妙手「▲1六桂」とその手についての解説は原作そのままであるが、原作ではその局面は示されていない
つまりドラマにするに際し「それっぽく見える局面」を適当に拵えた可能性が高いが、それだったら「▲1六桂」に拘らずもっと難しい局面(例えばこの記事の3枚目の局面)を使ったほうが良かったのではないか。「相棒」でもNHK杯で現れた局面(二歩の反則負け)をそのまま使っていたわけだし。

※4…原作の榎本はかなり将棋に精通している、という設定になっている。

※5…三段リーグは1人あたり18局指すが、リーグ所属者が奇数だと毎局1人ずつ余る。その余った人が「抜け番」。抜け番になった、あるいは抜け番になる予定の計18人の対局数を合わせるために指す対局が「抜け番調整」。
いずれも対象者は1日1局しか指さない。

※6…最初は前後のカットから後手番かと思ったが、アナログ時計の「平行になっているボタン(どちらの時計も動いていない、つまり対局開始前)」を相手が押したので来栖三段が先手番、という事になる。
ついでに書くと後に大写しになった盤面が「角換わり腰掛け銀同型・富岡流」だったのでどちらが先手かはっきりと推察できる。