DJカートン.mmix

それって早い話「金儲けのための忖度」って事では。

岡崎将棋まつり回顧

突然だが質問を。
皆さんは将棋で「自分の持ち駒を使う事」を何と言いますか?
 
指し将棋・詰将棋を問わず将棋を嗜む人(≒このブログの読者のほぼ全員)だったら持ち駒を「打つ」と言うと思う。と言うより、普通はそれ以外の表現がないと思う(比喩的な表現で『(歩を)叩く』『(飛車・角を)降ろす』と言う事もあるが、今はそういうのはなしで)。
ちなみに将棋をする事を「将棋を打つ」と言うのは間違い(正しくは将棋を「指す」)。
なので、「相棒Eleven」の中で杉下右京
「(名人が)頭の中で将棋を打っています
と言った時は愕然としたものである(※1)。
 
ところで、将棋をやった事のある人なら誰しも一度は持ち駒を打つではなく「貼る(はる)」と言う人に会ったことがあると思う。子供の時にそう言っていた、なんて方もいるかも知れない。
そこで、もしここに「偉そうに薀蓄を語りながら将棋を指しているおっさん」がいて、その人が持ち駒を(打つではなく)貼ると言っていたら皆さんはどう思われるだろうか。
 
…恐らくその人に「知ったかぶりオヤジ」というレッテルを「貼る」と思う。
確かに「貼る」なんて言っていると「あ、こいつは将棋のことをよく知らないな」という印象を与えるに十分(それこそ「将棋を打つ」と言う人といい勝負?)であるが、藤井猛九段によると
「普通は持ち駒を打つと言いますが、最近はプロ棋士でも持ち駒を『貼る』と言います」
だそうである。
 
上記の台詞は昨年のとあるタイトル戦の大盤解説会で藤井九段が言ったもので、控え室での検討や研究会などでは普通に「貼る」が飛び交っているそうである。この日もそれがあたかも標準語であるかのように「貼る」を連呼していた(※2)。
ただ、「貼る」をいつ誰が使い出したのか、そしてどれくらいの棋士が「貼る」を使っているのか、はよくわからない。
その時は気にも留めなかった事だが、今だったら是非藤井九段にお聞きしたいものである(笑)。
 
…そういうわけで(?)、このブログでも時折(主にフランクな表現をしたい時に)「貼る」を使わせていただく。なので、このブログの「(持ち駒を)貼る」を見て
「DJカートンは将棋のことをろくに知らないくせに偉そうに薀蓄をたれている」
などと思わないよう願いたい。
 
…本題に入ります。
岡崎将棋まつり。2013年でちょうど20回目を迎えた毎年4月29日に開催される将棋まつりである。開催される内容は年によって少しずつ違うようだが(今年初めて参加したので詳しくわかりません)、岡崎公園内の「二の丸能楽堂」でプロ棋士トークショーと渡辺竜王による大盤解説(これは当初の予定にはなかった)、そして席上公開対局が3局行われた。また公園内の特設会場で将棋大会・懸賞詰将棋および将棋関連グッズ(サイン入り本など)販売。数日前に購入した「島研ノート・心の鍛え方」のサイン入りを売っていたのは少しショックだった。サイン本を売っていると分かっていればここで買ったのに…(笑)
 
トークショー矢内理絵子女流四段を聞き手に石田和雄九段、渡辺明竜王森内俊之名人、谷川浩司九段(客席から見て左からの席順)が登場。
詳しい内容はあまり覚えていないのだが(苦笑)、一番はっきり覚えているのは「渡辺竜王は麻雀が出来ない」という事。棋士には麻雀好きが多いとはよく聞く話だし、例えばこれが「律儀流」で有名な森下卓九段だったら麻雀をしないというイメージ(※3)がわかなくもないが
(実際に「出来ない」と以前タイトル戦のニコ生解説で仰っていた)、競馬好きがつとに有名な(そして他の公営ギャンブルにも興味がある)渡辺竜王が麻雀をしないというのは少し意外だった。
 
大盤解説はこの数日前に行われた棋聖戦の挑戦者決定戦(郷田真隆九段戦)を解説。渡辺竜王の先手番で戦形は角換わり腰掛け銀。渡辺竜王というと「角換わり腰掛け銀の後手番」というイメージが強かったが、最近は先手番もよく持っている。
 
棋譜や解説の内容は省くが(掲載可能文字数の都合)、この解説会  というより岡崎将棋まつり全体  での最大の事件(?)は「渡辺竜王も(持ち駒を)『貼る』と言った」事である。
 
解説のラスト、投了以下の詰め手順を解説する際に
「…(前略)あとは持ち駒に金銀があるので、こうやってどんどん貼っていけば詰みです」
と言ったのだが、会場のお客さんのほとんどや聞き手の矢内女流四段、もしかしたら言った本人も気づいていなかったかも知れない
(少なくとも「打って」と「貼って」を聞き間違えるほどボケてはいないつもり)。
ここ以外の局面では「打つ」を使っていたし、ウケを狙って言ったのなら前述の藤井九段のように「補足(?)」をすると思う(渡辺竜王は解説中の特殊な用語については「補足」をしてくれる事が多い)が、
この時はそれがなかったので渡辺竜王は日常的に「貼る」と言っている(言う癖がある)可能性を示唆している(※4)。だとすると「貼る」は殊の外プロ棋士間に浸透しているのかも知れない。何せ将棋界の第一人者が使っているくらいだから。
 
第2部は出演棋士による席上対局。これの観戦は有料&抽選(往復はがきで事前申し込み)で、自分はこれに当たったから岡崎将棋まつりを見に行ったようなものである(笑)。
対局は全部で3局あり、前座(?)で門倉啓太四段対室田伊緒女流初段、矢内理絵子女流四段対藤田綾女流初段の2局(これらは持ち時間無し、初手から1手20秒)、そして最後はメインの渡辺明竜王森内俊之名人戦(持ち時間15分、切れたら1手30秒)である。なお前の2局は掲載可能文字数の関係で割愛させていただく。
 
以前岡崎将棋まつりの話を書くのを後回しにしたのは「パズル作家なんだから~という建前」なんて事を書いたが、実際のところはこれらの対局の事をまつり直後に書いてもいいのか迷ったからである。
しかし、渡辺明竜王のブログにはまつりの翌日に結果が書かれていたし(※5)、当日のうちに棋譜まで上げたブログもあったのでわざわざ自主規制(?)する必要はなかったようである(苦笑)。
 
この公開対局で自分が少し気になったのは「両対局者の座る位置」
NHK杯や銀河戦のようなテレビ対局、日本シリーズのような公開対局の対局場は「上座・下座」という概念がないため、着座する前に振り駒をして(NHK杯では決勝戦のみそのシーンを放映している)「視聴者(観戦者)から見て左側に先手の棋士」が座る事になっている。
なのでここでの対局もそうするのかと思っていたら、対局者は振り駒をする前に盤の前に着座していた。
具体的には門倉啓太四段・矢内理絵子女流四段・森内俊之名人の序列(段位)上位者(※6)が正面から見て右に座っていた。
つまり能の舞台にも上手(上座)・下手(下座)という概念があるのかも知れないがよくわからない。
単純に幕口(
舞台の入り口)から遠いほうを上座としただけかも知れないし、あるいは歌舞伎などの舞台(正面から見て右が上手)に倣ったのかも知れないし。
ちなみに3局とも上座(?)に座った棋士が先手番となった。
 
メイン対局、戦形は相掛かり。後手の渡辺竜王は流行の8五飛型から△8三銀と繰り出す新趣向。
その後角交換から駒組み合戦になり、下図の局面での渡辺竜王の1手パス(※7)を経て△8五桂▲同桂△同飛▲3五歩と全面戦争へ。
イメージ 1
以下双方30秒将棋の中渡辺竜王が攻め森内名人が受ける、という展開が続く。下図の局面では白洲(舞台と客席の間の白い玉砂利を敷き詰めてある部分)に1羽の鳩が舞い込んで来て、「鳩も見つめる大熱戦」とでも題名がつきそうな写真が撮れたかも知れないが、生憎自分は棋譜記録のため手が放せず(笑)。
イメージ 2
この直後から森内名人の玉は上部脱出を試み、渡辺竜王の攻めを紙一重見切って入玉を果たす。解説の石田和雄九段は「(森内名人は)しぶとい!」を連呼していたが、受けの強い人の玉は生命力が異様に高い(※8)のは間違いないようである。
 
終局は177手、攻めが完全に切れてしまった渡辺竜王が投了。
イメージ 3
渡辺竜王の玉は鉄壁でこのまま相入玉もありそうな形だが、それを目指す間に後手の角は取られそうで、トライ(入玉の形容表現。勝又清和六段がこの対局の解説で多用していた)する頃には持将棋の24点を切っている可能性が高い。渡辺竜王はそう考えてこの局面を投げ場(投了する時機)としたのかも知れない。
 
勝又六段「王手の数では渡辺竜王の判定勝ちでした」
石田九段「王手を1回もかけずに勝利しました」
森内名人「いや、1回しました」(※9)
…というやり取りでインタビューを締めくくって岡崎将棋まつりは閉幕。
自分の記憶が正しければ「メインの席上対局で負けた棋士はその年活躍する」なんてジンクスがあったようななかったような…(つまり渡辺竜王が4冠目を取るフラグ?)


 (※1)…それだけなら「将棋をよく知らない人の間違い」で済む(?)が、この4年前の「相棒 Season7」では将棋を「指す」と言っているだけでなく、「奨励会」「真剣師」といった専門的な用語も知っている(将棋にもそこそこ精通している)ので明らかに話(杉下右京の知識)が噛み合わない。
つまりこれは「脚本家の大ポカ」に違いない。
 
(※2)…「打つ」も使っていたのでどちらを使うかはTPO、例えば聞き手などで使い分けているようである。もしNHK杯の解説で「貼る」を使ったら一大反響を呼ぶに違いない(笑)。
 
(※3)…別に「麻雀は不実な人のやるゲーム」と馬鹿にしているわけではないので誤解しないでいただきたい。自分も(最近めっきり回数が減ったとは言え)麻雀は好きですから。
 
(※4)…並べ詰み(持ち駒を次々と「貼って」いくだけで容易に詰む形)の局面はプロなら考えなくても勝手に手が動くので、それに連動して言葉のほうも考えずに(選ばずに)無意識のうちにあるものが出てしまう、なんて事を心理学的に証明できそうな気がしなくもない。
 
(※5)…このブログでは「180手超の熱戦」と書かれていたが、実際は本文中にあるように「177手」でした。
 
(※6)…本来なら渡辺竜王のほうが序列上位(竜王と名人が別の人の場合はそれ以外のタイトル保持数の多いほうが上)だが、
開始時に森内名人が渡辺竜王に駒箱を開ける役目(本来は上位者の役目)を譲ったシーンがあったので、今回に関しては(渡辺竜王も納得の上で)年齢が上の森内名人を上位者としたのかもしれない。
…ちなみに自分の推測(事実の程はわからない)のであまり本気にしないで下さい(笑)。
 
(※7)…将棋のルールにパスは存在しないが、ここから△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8二飛と進んだ局面は全く同じ局面ながら手番だけが先手に渡っている
つまり事実上1手パスをしたのと同じ事になる。
そういう事をする理由を一言で説明するなら「自陣に隙を作らず相手が動くのを待つ」ため。
相手も同様の事をしてくれば千日手になるが、後手番で千日手なら不満無し(指し直し局は先手になる)、というのがプロの感覚。
 
(※8)…詰みそうでなかなか詰まない、という意味の形容。同様の事は木村一基八段なども言われるそうである。
 
(※9)…実際は2回。121手目▲5三馬の初王手(2枚目の図から▲7六同金△6九飛成▲8六玉△6六金▲5三馬)を失念されていたようである(自分も棋譜を並べてはじめて気づいた)。
ちなみに双方の王手回数は渡辺竜王15回:森内名人2回。