DJカートン.mmix

昨今流行っている「ジェンダーレス」とかいう言葉を使いたがる人は「差別」と「区別」の違いがわかっていないんじゃないか? と思う。

将棋を「データ」で楽しむ、という行為

最近の野球(特にMLB)では昔のファンには馴染みのないデータが幅を利かせている。中でもよく見かける(NPBでも聞くことがある)のは「OPS」と「WHIP」だろうか。

OPS…On-base Plus Slugging

出塁率長打率を足した数字。一言で言えば「打者の総合力」となるだろうか。一流と呼ばれる打者の目安は.800以上(王貞治は「生涯の」OPSが1.00を超えている)らしい。

WHIP…Walks plus Hits per Inning Pitched

その投手(あるいはチーム)が「1イニングあたりに出した走者の数」。単純に許した走者の数(四球は当然ながら含まれるが死球やエラーはカウントしない)を投球回数で割った数字。当然多いよりは少ないほうがいいわけで、エース級だと1.20未満が1つの指標らしい。

MLBではどちらも今では打率とかと一緒に「公式記録」として扱われているし【*1】、NPBでもこれらのデータをチーム編成とかに組み込む事は多くなっている(一昔前には「そもそも概念自体がなかった」から減る事はないわな)。

 

…最近は「何でもデータ化」したがる人が多いように思う。特にその傾向が強いな、と(個人的に)思ったのが麻雀。「デジタル麻雀」なんて言葉が一時もてはやされたが(今もそうなのか?)、それを標榜して本当に強かった人ってどれだけいただろうか。…個人的にはデジタル麻雀ってのは「会社の同僚とかをカモにするための戦術」くらいにしか考えていない【*2】。

その一方で将棋(や囲碁)のデータ化というのはあまり聞かない。…おそらくは「将棋(や囲碁)には『データ化できる要素』が多くない」から、正確には「データを取る事は可能だが『全くもって意味のないデータ』が多い」と言うべきだろうか。例えば「天下一将棋会*3】」には「プレイヤーが動かした駒の回数」なんてデータが残るが、これがその人の棋力や成績とどれだけ関係性があるか、なんてのはそこそこの棋力がある人なら言うまでもないだろう【*4】。他にも「平均手数」「王手をかけた回数」「王手をかけられた回数」なども「データを取る事は可能だが『全くもって意味のないデータ』」に分類される。

たまに棋士に独自のレーティングをつけている」人を見かける。勘違いしている人が多いがこれを書いている時点で

日本将棋連盟(の棋士)に公式のレーティングは存在しない。

もっとも「独自の」と言ってもこの手のレーティングに使われる「イロレーティング」は計算方法が決まっているので(非常に複雑かつ面倒なので気になる人は検索してください)、誰が計算しても最終的には「似たような結果が出る」のだが、それでも格付屋(何と呼べばいいのか分からないので適当に呼称)によって多少のブレが生じる*5】。もし「もっとも現実に則しているレーティング」を作ろうとするなら「連盟創設以来全ての対局結果」が必要になる、言い換えると「それができる(作れる)のは日本将棋連盟だけ」という事になるが、連盟は公式レーティングを作る気はないような気もするし、個人的には「そんなものは作ってほしくない」と思う。

数字でしか人物を評価しない・できない、なんてのは「人の範となる人の業」とは思えない

ので。

 

もしかしたら、と思いついたもの。「局面ごとにAIが最善手と示した手を指した割合」。…要は「あなたはいい手を指せました、偉いでちゅね~」と褒められた割合。

…もしそれを本気で集計している奴がいたら

人を馬鹿にするにも程があるわ、ボケェ!

とか言って踏み殺したくなる*6】。

好意的に解釈するなら「ミスしない割合」とも言えるので意味がありそうなデータに見えなくもない。ただ、これを集計するには「公式戦全対局の棋譜」が必要になるわけで、トップクラスの棋士だったら(大抵ネット中継されるので)何とかなるが、そうでない棋士(一次予選や竜王戦の下のクラスとか、要は「一般人だと棋譜の入手が困難」な対局を指している場合)は集計が困難、というか「事実上不可能」そもそも「最善手を判断するAI」は何なのか、という時点で整合性を保てない(下手をしたら「飛車を振った時点で最善手ではない」と判断される可能性だってある)ように思う。それでも無理矢理集計したらおそらくトップ棋士の「それ」は高い数値を示しそうであるが、そもそも将棋(や囲碁)はミスの回数よりもミスの内容の方がはるかに重要なゲームなのでそれこそ『全くもって意味のないデータ』と言える。現代はともかく昭和の時代だったらトップクラスでもミス率は結構高かった、それこそ花村元司九段などは「最善手率40%未満」だったのでは、という気がする。

その花村九段は弟子の森下卓少年に「第一感が9割当たるようにならないとダメだ」と教えたという。つまり任意の局面における「第一感の手が最善手である」割合。…これは「感覚・直感を磨く」という意味では(指した手の最善手率よりははるかに)意味のあるデータという気もするが、第一感は棋譜のように記録に残らないので集計するのが極めて難しいし、それ以前に個人で使う(自分の実力を測る)のならともかく他人と比較する意味がほとんどないデータと言える。

 

…つまり将棋というゲームはデータ(評価値を含む)などという小賢しいものに頼らず「感覚」で楽しむのが「最善手」である、という事なのかも知れない。…多分違うな(笑)。

*1:その一方で「WHIP自体が無意味なデータ」と断罪する人もいるとか。…わしゃどーでもえーわ(笑)。

*2:勿論「基本的な理論や確率」を知らないのでは勝てるものも勝てなくなるので「基本を全部忘れろ」と言いたいわけではない。

*3:これまでにも何度か書いたので詳細は省略。

*4:…と書いていて不意に「もしかしたら世の中には『藤井聡太がデビュー戦からこれまでに公式戦で着手した駒の回数を集計している間抜け』がいそうな気がしてきた。

*5:格付屋は「集計開始日時の全棋士のレートを1500(全競技者の平均値が1500、というのがイロレーティングの定義である)」としてそこからの勝敗でレートを上下させるので、集計開始以前の対局結果が反映されていないため。

*6:でも「バックギャモンの世界では『それが当たり前』」、なんて事を島朗九段が書いていたよなぁ、と思い出す。