DJカートン.mmix

昨今流行っている「ジェンダーレス」とかいう言葉を使いたがる人は「差別」と「区別」の違いがわかっていないんじゃないか? と思う。

「刺される心配はない」から危ない

今の岸田内閣の(というか最近の自民党の)各種政策に腹を立てている人はごまんといるが、それに対し何らかの「アクション」を起こしている人はほとんどいない。ネット上で「殺るしかない」とか書く人は沢山いるそれを実行した人は(多分)1人しかいない。

 

そんな矛盾(?)が日本に蔓延っている理由は1つしか考えられない。それは

今の日本はほとんどの人が「とりあえず食っていく事はできる」

からに他ならない。歴史上一揆」とか「民衆蜂起」と言ったもの(どっちも同じか)を起こす民はほとんどが例外なく「このままでは食う事もできない」という人たちである。歴史上衣食住が足りている民衆が「もっとよこせ」と一揆を起こした例があっただろうか【*1】。

これを逆説的に考えると、今の国会議員のほとんどは

国民が『とりあえず食っていく事はできる』だけの事をやっておけばどれだけ増税しようがその税金を私物化してどれだけ私腹を肥やそうが文句を言う奴はいても『刺される心配はない』

という行動原理で動いている、としか思えない。それも感覚的にやっているのではなく、「ここまでならやっても問題ない」という「ボーダーライン」を綿密かつ周到に計算した(そしてそれを専門的に行う機関まである)上でやりたい放題やっているのではないか、という疑いを抱けるくらい。つまりこの国では「詐欺師に騙される人より自民党に騙されている人の方がはるかに多い」のである。

 

この『刺される心配はない』というフレーズが奴等にとっては非常に重要である。言うまでもなく金にせよ権力にせよ「死んだら何の意味もない(落語みたいにあの世に持っていく事はできない)から。

このフレーズには「警備体制がしっかりしている」という意味もあるがそれ以上に「今の日本に要人を刺そうと考える奴はいない」という安心感(?)の方が強い。早い話国民は舐められまくっている。昨年起きた事件は例外中の例外と言えそうだが、今の日本はああいった事件があと20~30回くらいは起きるべきだと思っている。…非常に物騒な考え方だが、正直

それくらいの力技でないと今の政治屋『とりあえず食っていく事ができるだけの事をやっておけば刺される心配はない』などという蒙は啓けない

と思う。

 

一体いつ、誰がこんな状況を作ったのか。こういう事はどこでも起きそうな話であるが、GDPの成長率とかを「政治の質」と考えた場合「日本以外ではほとんど起こっていない」、要は「ほとんど日本特有の現象」のようにも思える。…そう考えると思い当たる「犯人」が1人いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い当たる「犯人」、それは徳川家康。家康が掲げた言葉(政治方針)に

「百姓は生かさず殺さず」

というものがあるが(日本史の授業で聞いた事がある人も多いだろう)、今の日本の政治はこの言葉がピッタリ当てはまっている。そして運の悪い(?)事に、徳川家康*2が今日では「経営の教科書」的な扱いを受けているため、この「百姓は生かさず殺さず」という考え方が日本の(経営者や)政治家に深く浸蝕している可能性が高い【*3】。

豊臣秀吉一揆を阻止する為に「刀狩り」という直接的な(?)方法を行ったが(どっかの国がやっている「恐怖政治」も本質的には同じもの)、家康は言うなれば「マインドコントロールで」農民を統治しようとしたわけで、ある意味非常に質が悪い。…昨今は「カルト宗教によるマインドコントロール」が話題になっているが、実際はそれ以上に「政治家が国民をマインドコントロールしている」と言っても過言ではなく、その礎(?)を作ったのが他ならぬ徳川家康なのである。

…と、この書き方はある意味正確ではない。歴史上「日本の覇者」は家康だけではないし、経営の範となり得る人は他にも沢山いただろう。では真犯人は山岡荘八? …いや、彼にしても書いたのは「歴史小説」であって「経営書」を書いたつもりなどないだろう。それがいつの間にか経営書として「独り歩き」をしているのである。そしてこの手の「独り歩き」は始めたが最後、作者のコントロールを受け付けなくなる事の方が圧倒的に多い*4…だとしたら真犯人は「最初に《徳川家康》を経営書のように捉えた人」という事になるが、「…それって一体誰よ?」という話になる。

ただ、歴史上「徳川家康は1人」だが、徳川家康を題材とした小説を書く人は1人とは限らず、世に出た歴史小説(家康の考え方)を経営書のように考える人も1人とは限らない。…だとするとやっぱり一番悪いのは家康だな。何しろ岸田総理が元日のラジオ番組で「好きな歴史上の人物は徳川家康」と答えているくらい(つまり家康の「百姓は生かさず殺さず」を座右の銘にしていても不思議ではない)だから【*5】。またこの「百姓は生かさず殺さず」という言葉自体が「本来の意味と違う意味で解釈されている」という見方もあるようだが、この言葉の元となったと言われる「財の余らぬように、不足なきように治むる事、道なり」という言葉が現代風に訳すと「百姓が『とりあえず食っていけるだけの財産は残す』政策が最善である」と言っているようなものだから何も変わらない。

*1:三国志の事実上のスタート地点である「黄巾の乱」なども原理は同じであり、曹操はその事を分かっていたので降伏した黄巾党を「食べさせてやる(農地を与える、あるいは兵として召し抱える)」事で乱を鎮圧すると同時に自己の国力を増強する事に成功している。

*2:ここでは山岡荘八が書いた歴史小説徳川家康」を《徳川家康》と表記する事にする。

*3:本田宗一郎が家康を非常に嫌っていた理由の一つはこの「百姓は生かさず殺さず」という考え方だと言い、山岡荘八に対しても「あなたは家康が本当に偉人だと思っているのですか」という質問状を何通も送った、と言う。

*4:未だに「お客様は神様です」の意味を誤解している人(≒悪質なクレーマー)が後を絶たないのを見ても分かると思う。

*5:今回の記事のネタはその事に関するネット記事を見て思いついた。