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その国における「クリスチャンの割合」と「国民の英語力」はほぼ正比例しているという(理由は知りません)。

冷たい人間

最近はあまり聞かないような気もするが、一昔前は地方(札幌も含む)に住む人は一様に「東京の人間は冷たい」というイメージを持っていたように思う。それを言われた東京人は大抵「そんな事はない」と否定する。まぁ「冷たい人間」と言われてそれを素直に肯定する人間も珍しいと思うが。

さて、どちらが正しい(?)のか。…心理学的に考えると「東京の人間は冷たい」は「ほぼ事実」だと思う。

何故か。東京というのは実に様々な「情報」に満ち溢れている。情報というのは企業に関わる数字だの文章だのもそうだが、街を歩いていて目に入る広告とか標識とかも立派な(?)「情報」になる。地方から出てきた人は地元との「情報量」の差に圧倒される事が多い。

しかしそれらの情報を完璧に処理している人間というのはまずいない。つまり個々人の情報処理能力の限界を超える量の情報が東京には氾濫している。そういう状態を心理学では「過剰負荷環境」と言うらしい。

 

…で、過剰負荷環境に陥ると人間はどうなるのか。

①情報を極力短時間で処理しようとする

例えば道を尋ねられた時に具体的に説明するのではなく「あそこの地図を見て」などと言って短時間で済ませようとする。行動の内容的にもそうだし、敬語も使おうとしないから「冷たい」という印象を持たれる

 

②必要な情報だけを選出し、それ以外の情報を排除しようとする

そういう人にとって赤の他人そのものが「不要な情報」なので排除とまではいかないが基本的に無視「冷たい」という印象を持たれる

 

③責任を他人に押し付ける

何か問題が発生しても関わりあおうとせず他人(第三者)に押し付ける、あるいは「誰かが対応するだろう」と放置する「冷たい」という印象を持たれる

 

…部屋を片付けていたら見つけたちょっと古い心理学の本の内容を基に書いたわけだが、こうしてみると「東京の人間は冷たい」というのは単なる思い込みではなかったようだ。

しかし現代は東京の人に限らず日本国民の大半が同じような状況、言うなれば「冷たい人間」になってしまっているように思う(だから最近は「東京人は冷たい」を聞かないのかも知れない)。理由はこれと同じく「過剰負荷環境」のせい。今はネットとかでとにかく沢山の「情報」が入ってくる。当然ながら外に出たら出たでいろいろな情報が目に入るわけで、一説には現代人は1日で平均3000~4000の「情報」に接している、とも言われる(人によってはその2倍以上かも知れない)。…そりゃあパンクする(過剰負荷環境に陥る→「冷たい人間」になる)わな。

 

…で、上記②の「不要な情報を排除しようとする」という心理を巧みに(?)利用しているのが各種サイトの「有料会員制度」、正確には会員特典の「広告の非表示機能」ではないかと思う。そういうサイトが広告を載せているのは広告主からの広告料もあるだろうが、「広告の非表示機能」を求める人の会費収入が大きいからではなかろうか(仮に月550円だとして有料会員が5万人いたら「毎月2750万円」「年間で3.3億」の収入になるわけだから)。…そういうわけなので(どういうわけなので?)自分はその手の有料会員には極力ならないように心がけているわけで。