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態度や言葉遣いが異様に丁寧な人は「裏の顔」を持っている可能性が高い。

自分は「読み」が合わない?

まず最初に断っておくと、自分は「推理将棋」が苦手である。詰パラに毎月掲載されているが、ほとんどの問題において「壊滅的なくらいに手が見えない」。「ほとんどの問題において」なのでたまに手が見える(解ける)事もあるが、そういう時は大抵「5分以内に」手が見える。…言い換えると「5分考えて手が見えない問題はギブアップしてしまう」(笑)。そして数か月後に正解を見ると見事なまでに「自分の読みから完全にすっぽ抜けている手」である事が多い。

「詰将棋おもちゃ箱」サイトの推理将棋122-3も同様で、あの問題はたまたま5分くらいで手が見えた。…余詰が。ちなみに122-1と122-2は5分×4日考えても全然手が見えない。

指し将棋だと対局者同士の「読みが合う」「読みが合わない」という事が話に上る事がある。どちらかと言うとプロ棋士同士で話題になる事が多いのかも知れないが、そのプロ棋士同士だと「佐藤康光九段とは読みが合わない」という人が多いようである(先日のイベントで木村一基王位もそう仰っていた)。そして佐藤康光九段も著書「長考力」で「自分はほとんどの棋士と読みが合わない」と記されている。

…多分自分と推理将棋の関係もこれに近いものがある、つまり推理将棋の作者と自分とでは「読み」が合わない事が多いのだと思う。読みというよりは「第一感」や「方向性」と言うべきなのかも知れない。

推理将棋や「将棋パズル雑談」は大抵問題ごとに「主題」とでも言うべきもの(「狙い」とほぼ同義語)があるが、それがこちらの「第一感」と符合した時はそれこそ「上級」と銘打たれた問題でもすぐに解けてしまうし【*1】、合わない時は全く見当違いの手を延々と読んでしまう。前回(121回)の出題でも何故か3だけが「ヒント無し」でも手が見えたが1と2はサッパリだった。

122-3にしても第一感で見えたのは「余詰」の方なので、実際は作者との「読み」は合っていないと思う(修正後の問題は5分では解けなかった)。…実際は単純に「読みの引き出しが少ないだけ」である可能性が高いのだけど(笑)。

そもそも自分は指し将棋においても感想戦をすると相手と「読みが合わない」と思う事がままあるし、香龍会で作品を検討している時でも自分だけ全然違う手を読んでいる事がよくあったように思う。つまり自分は推理将棋とかいう以前のもっと「根本的な部分(それこそ将棋と関係ないところでも)」から世間一般とは「読み」が合わないのかも知れない。…別に構わないけど(笑)。

*1:推理将棋とか「将棋パズル雑談」なんかは具体的な手順よりもこの「主題」を見破れるか、が肝だと言ってもいいかも知れない。